ブービートラップ

午後八時五十九分

ぴ。

カウントダウウン。

ぴ。

「チーム戦開始まで、9、8、7、6、5、4、3、2、1…。ゼロ。」

「チーム戦開始。」

ボーカロイド=初音三久が登場。

21世紀のディーバ。

音階発声からフェードイン。

高らかに歌い出す。

宇宙の中空に浮かぶ銀色のコスチューム。

ドレープがはためく。

目の前にクロスした腕を開く。

閉じていた瞼がパッチリ見開く。

“宇宙の進化の歌”が始まる。。。

「輝く、あまたの、ブラックホール。

あまたの、進化のパラメタ。」

完璧な出だしだ。

 

私が、携帯電話のゲームを開くのは、三年ぶりになる。

それでも、感心ばかりしてられないのは、これが、

先頃起きた集団自殺事件の捜査の一環だからである。

 

事件は、一ヶ月前の、21時半。3872人の人が、一斉に自殺を試み、半数以上、2008人

が、既遂に終わった。

30分以内に実施した3872人の自殺行為のうち、3155人が、飛び降りだった。

 

共通項は、このゲームのチーム戦を実行していたことであったのは、すぐに判明し

た。問題は、実行していた母数にあたる150,645名からのプロファイリングが全く出来ていないことだ。

かくいう私は、警察と民間組織の融合体に属するスーサイド=ネゴシエータ。56才、バツニのおっさん。

職業柄、この手のプロファイリングでは、日本で第一人者とされている。

サーバデータ管理公団とデータ監督庁の協力で、三次の項までの、多変量数値解析のクラスタリングが出来ているのに、未だに「なぜか」ということに関して、五里霧中なのである。

 

くだんのゲームは、単純なパズルゲームである。

パズルの一面クリアごとに、イメージキャラの初音三久が画面上部で宙返りして喜ぶ。

10回連続でミスすると、悲しんで、塔から身を投げてしまうことがウケているらしい。

21時から21時半は、チーム対抗戦で、その日に獲得したスペシャルアイテムが利用可能になる。

敵チームのボスキャラを倒せば、更に強力な常備アイテムを獲得する仕組みなのである。

 

手詰まりの私は、やむなく、パソコンユーザーで死亡したケースのパソコンを1台入手し、プログラム解析結果を用いて、組合せの再現実験を始めた。

パソコンのtime of dateを当日21:30に固定し、15万ケースのidで、くだんのプログラムを当時のログに沿って動作させた。

もちろん、端末環境およびネット環境は違うので、賭けとしての勝率は低い。

ケース母数の大きさに期待しただけのことであった。

1週間後、私は19例で観測された共通事象に着目していた。

 

19例で、ゲームソフトは、共通の外部サイトにアクセスしたのであるが、ウイルスに酷似した

動作であったので、ウイルス対策ソフトは、送信メッセージをソフトウェア領域にコピーした。

結果として、ダウンロードデータ内部の、とあるアドレスを破壊したのである。

ウイルス対策ソフトの誤動作により、ダウンロードした初音三久の音声は、

とびきりキュートな猫撫で声で、次のように語りかけた。

It’s time to die

今こそ死ぬとき

この音声は、ソフト会社の企画会議で没になったものらしい。。。

ふたつのソフトの誤動作が重なった、不運な事件。

 

私は、缶詰になっているビジネスホテルの一室で、

死別した妻を思った。

結婚で、得られた息子を思った。

妻とともに5階から転落した、今は亡き息子。

そして、ふたたび、初音三久の声を聞いた。

“今こそ死ぬとき”

三久は優しくささやいた

私は、非常階段のドアに向けて、一歩を踏み出した。

 

。。。。。。

 

ドアを開けると、私の仕掛けた髪の毛サイズのトラップが、発動した。

私のケータイが振動し、亡き息子の合成音がつぶやいた。

「今晩は。おとうさん」

 

ああ。懐かしい声だ。

視界のドアが、くちゃくちゃになって、流れ落ちた。

涙が溢れたせいである。

ドアノブが視界から飛び去り、天井が見えた。

膝の力が抜け、仰向けに倒れたせいである。

涙まみれ。

汗まみれで。

倒れちまった。

顔は、洗ったように、ビショビショだが、不思議な爽快感がある。

感情が浄化されて、赤ん坊になった気分だ。

目に写るすべての色彩が、言葉をまとったように、意味ありげに躍動している。

ことに、遠くに見える何でもない山裾の、緑が、

キラリと、一瞬だけ私に挨拶を送った。

 

息子は、言った。

「明日の予定は、ダイジョウブだよね」

そうだとも。

お父さんは、お前に、いつでも会えるんだ。

死に急いだりしないさ。

明日は、可哀想なサカモトさんの娘さんにお会いするよ。

そして、

申し訳ないが、息子の分まで生きてほしいとお願いするよ。

君に会えば、、、、君にさえ、会ってもらえば、、、

きっと、わかってもらえると思うんだ。

 

人生は生きるに価するものだと。

私のように、生かされてしまうものだと。。

息子のように、素晴らしい誤算が潜んでいるのだと。。。

私は、オモッテイル。

 

そして、私は、起き上がれない。

2008人の魂と、私の息子の魂が、

(実は私の魂が)、カチッと噛み合って新しい世界が出現した。

2009個の融合時エナジーが分離時エナジーを下回ったためだ。

巨大な、、、初音ミクが、、、出現した。

「輝く、あまたの、ブラックホール。

あまたの、進化のパラメタ。。。。。」

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