電気ショック療法に反対する

私には、自分の妻に対して、電気ショック療法の適用を本気で考えた時期があります。それは、「どんなに辛くても生きていてほしい」という気持ちからでした。

検討の結果、日本で最も有名だった中井久夫という医師の意見に従い、適用を諦めました。自殺念虜の強い患者さんにすら、有効な治療法とは言えないことが、理解できたからです。

その後、現実に、適用された方に会う機会がありました。その方が一般人より有能だった証拠に、学生時代のバイト代の預金で、海外まで旅行可能でした。私がお会いした時は、自殺念虜と、ご両親への怨念の固まりでした。私が間に入っても、ご両親への暴力を抑えることができませんでした。

有能だった方ほど、無惨に、その能力を失う例を、他にも2例、伝え聞いております。そのうちの、一例では、「楽になりました」とおっしゃった後に、専門技能を失って失職され、自殺されたとのことです。

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ちなみに、この独白は、ひどく読みにくいでしょうし、苦痛に感じるで有りましょう。精神科医の言うところの、「言葉のサラダ」という症状です。医師の聞き取りは、せいぜい5分ですが、私の知り合いは2時間でも3時間でも、切れ目無く、話し続けます。私も疲れますが、1時間くらいから、話の流れが掴めて来ます。

ルイスキャロルのsnark=snake+sharkのような、造語もふんだんです。

彼ら、キチガイは、愚か者と違います。我々凡人には無い、独特のセンスを備えています。不幸にして、過敏症なのが、一般的です。

愚か者は、鈍感で凡庸な、我々健常者の方です。

目覚めないと言う声が聞こえ

0.     プロローグ

淡いクリームイエローのカーテンが風に揺れた。まだ起きたくない。もうすぐ、グリーンの体色をした友人が窓から現れるかもしれない。起き上がれば、ががが。いつも通りの暗くじめついた部屋に違いない。母が叱る。ガガガガ。危険。カーテンが軽やかに舞う。安全。あ、誰か肩に触った。ガガガガ。危険。グリーンボーイが逃げる。

グリーンボーイは僕のことを誰よりもわかってくれる。

優しかった母よりも、冷たい父よりも。

母は、動かなくなってしまった。

胃が灼熱してキリキリと痛んだ。頭痛がした。

足がピクピクして、身体がのけぞった。

いつものように、さっき飲んだミルクを少し吐いた。

死んだのだそうだ。アリンコのように、枯れた生け花のように。漁村を、臭いにおいで埋め尽くす魚の干物のように。ブルーボーイが言っていた。

あいつは、僕のことを悪く言う。僕しか知らないことを知っているのは、僕の右腕の中に盗聴器をしかけたからだ。ガガガガ。でも、僕は何度も腕を柱に打ち付けて、盗聴器を故障寸前までにしてやった。ガガガガ。今は、雑音まじりで聞きにくい筈だ。

僕は同時に、あらゆる引き出しの中にリセッシをまき散らして、消毒した。

けがわらしいブルーボーイの手下となっている虫共を駆逐してやった。

今では、ぼくのことを告げ口することも難しいだろう。でも、油断しちゃだめだ。

電車の中にも、コンビニの客にも、ファミレスの従業員にも、やつに洗脳されたゾンビがまぎれ込んでいる。奴らを見分けるのは難しい。見分けるための質問は、10問から20問。質問は簡潔であるべきだ。質問はノートに書いてある。でも、ノートをなくした。陰謀があるに違いない。

ホワイトボーイもグルに違いない。おとなしそうな顔をしているのが証拠だ。

おまけに、あいつときたら、昼ご飯の弁当にミルクをかけて食べるんだ。

おれは、ちゃんと見ていたんだ。あいつが悪い宇宙人だと気付いたことは秘密にしてある。

だから、僕はしばらくは大丈夫だ。あちこちに目配りして、担任の教師にも慎重に受け答えしている。僕は大丈夫。

大変だ。目を見開く。

たちまち、3人の白衣をまとった看護士が、立ちはだかった。

僕を押し倒し、両手足を押さえつけた。

一人が、僕の腕に注射針を突き立てた。

1.     コールドスリープ

シェルターは200年をリミットに設計されていた。途中で発見

時には光も発した。中に収容された人物のいきさつを三ヶ国語でビ

ットマップ画像とアスキーコードにより解説している。

設計者の主なポイントは、生理学的な循環システムと、地中に埋

めることによる地殻変動への耐性にあった。

すなわち大便、小便、汗の大量な処理が宇宙船における最新の技術

を駆使しても厳しいことを認識していたし、あえて小型原子炉を使

うという危険な選択をして解決した。

すなわち、大量の水と必須アミノ酸以外の、熱、光、ビタミン、ミ

ネラルは備蓄したものを使うというシンプルな思想により、循環の

2連鎖から切り離したのである。収容者は自然放射能より幾分強い放

射線を浴び続けるリスクはあるものの、それを必要悪としていた。

また、地殻変動に関するシェルターの強度、および、経年劣化対

策でも、宇宙開発の最新鋭のテクノロジが駆使されることとなった。

コールドスリープ社は、この2つのポイントにおいて、同業他社

の類似技術を圧倒したし、単一の企業体としては珍しく、150年

あまり存続したのである。

コールドスリープ社のビジネスモデルも単純明快であった。

それは、「ご家族の死を回避する」ことにあった。

宇宙船1せきに相当する莫大な対価を要求するものの、家族の死に

行く姿を見ずに済むのである、多くの資産家が、子供のために、自

分のために、「永遠の生命」を購入した。

結果は、予想通りというか、99%は、失敗することとなる。

肺や心臓、腎臓、肝臓といった疾患を背負った収容者の身体は、人

工栄養によって維持するには負担に耐えきれなかったし、筋肉シス

テムの維持だけとっても、微弱な電流パルスによる疑似運動は、生

体の維持に不十分なことが多かった。希望は、個体差による幸運を

享受した1%のみであった。

テクノロジの進化が、臓器移植によらず、人工臓器で対応するに

は。予想を上回って300年の試行錯誤を要した。従って、コール

ドスリープ社のビジネスモデルが意味を持ったのも、肺と心臓の人

工臓器技術が確立した2300年までのことであったし、不完全な

がらも人工臓器が使い物になった2200年以降においては、僅か

に残された聖地、大脳皮質の疾患がコールドスリープに賭ける唯一

の根拠となっている。

しかし、彼が目覚めたとき。それは、1300年後の世界だった。

本来ならば、備蓄した供給物を使い切って、収容者が餓死するリミ

ットを6回超えたことになる。その証拠に、装置には、幾度かは不

明なものの、その時々の、様々な改善が組み込まれていた。


2. ケイカホーコク

ボクハ、ナンニンカノ、ザワメクコエニ、オコサレタ。

コエハ、「オキナイゾ」トイッテイタ。

ボクハ、「オキテイル」トコタエタカッタガ、シタガマヒシテイタ。

ヤムヲエズ、テヲアゲヨウトシタガ、コレモシッパイ。

コマッテイタラ、ウエノホウカラコエガキコエタ。

「ボクハ、オキテイマス」

ボクハ、「マタゲンチョウガハジマッタ」「クスリヲノマサレル」トオモッタ。フタタビコエガシタンダ。

「マタ、ゲンチョウガハジマリマシタ」

「ボクハ、クスリヲノマサレルニチガイナイ」

イツモトチガッテ、オンナノヒトノコエガキコエタ。

「ダイジョウブ。クスリハノマナクテイイカラ」

コレガボクノサイショノカイワ。

ドクタースミスガ、イッタ。

アトデボクガミレルヨウニ、キロクノレンシュウ、シヨウネ。

マダ、ナレナイ。

テヲツカワズニカクノハ、キモチワルイ。

3. ドクタースミス

ドクタースミスハ、イシャジャナイミタイ。

コウコガクシャナンダッテ。

ツイデイウト、スミスデモナイ。

ハツオンガ トテモムズカシイ。

ドクタースミスハ、ボクガムカシミタTVバングミノアクヤク。

ウチュウカゾク ロビンソン。

デテキタアイボウハ ロボットノ フライデー。

「コウテイシマス」

「コウテイシマス」

クリカエシノオオイキロクハダメナンダッテ。

ループスルト、キロクシステムガコワレル。

1000ネンモムカシノ、ローテクシステム。

ボクジシンガ、イキテイルカセキ。

キセキ?

ドッチデモイイヤ。

4. シーラカンス

今日から、日本語のデータをリンク出来るようにしたんだそうな。

記録を見返すのも、ずいぶん楽ちん。

僕の居る部屋は、ローテクシステムでかためてあるそうな。

ベッドも机も、椅子も、食べ物だって。

ドクタースミスが説明するとき、いつも「このオモチャは」と、大まじめに切り出すんだ。僕は笑っちゃったよ。

ここ自体が博物館の展示室みたいな。

1000年近く古いシステムを再現したんだって。

それでも、最大のだしものは僕。なんといっても、生きている化石だからね。

いきなり最新のシステムにすると、僕がショックで死んでしまうと配慮したんだとか。

早く、最新のシステムになれて、外の景色が見たいな。

随分変わっているはずだけど、ドクタースミスは、そんなに変わらないという。変わったのは、情報量と、その持って行く場所だけなんだそうな。

情報革命は、僕の生きていた頃には始まっていたけど、加速度的に進化するのが、特徴だったそうな。

そうそう。今日は、口から食べ物を入れる練習をしたよ。

今日はじめて、ベッドから立てたよ。

明日から、舌を動かして声を出す練習をするんだって。

僕って、凄いじゃん。

5.    ウルトラセブン

今日は、ゴーグルの使い方を教わった。

ウルトラセブンみたいに、しゃれたメガネ。

でも、すごいんだ。

目に見えるものに、「?」というハテナマークを感じると

文字で説明してくれる。しかも、その説明が、僕にはとてもわかりやすいように感じられるんだ。

多分、簡単な一言説明のあとで、2次元平面を駆使して、歴史や、メリット、デメリット、典型例と派生系を画像表示してくれるのが、僕の思った順序で再生されてるんだと思う。

ローテクシステムとのつなぎは、まだ不十分らしいけど。。

僕は、これがあれば、外に出ても鬼に金棒と思ったね。

6.    仮装大会

明日は、はれて外出が許された日。

僕とドクターは、最新のスーツを着てみた。

ものすごく軽くて、しかも、ゴーグルと一体化している。

なにしろ、僕の身体は老人と同じくらい萎縮しているから、僕のスーツには筋力の補助機能もついているんだそうな。

それでも、二人とも裸に近い感じにみえちゃうので、僕は少し興奮しちゃった。

恥ずかしいけど、こんなことでも、システムを使うと、何でもないことみたいに記録出来ちゃう。

多分、僕も、シーラカンスや北京原人から、進化しているのかもしれない。

7.    ふきわたる風

僕は、ついに外の世界に飛び出したよ。

外の世界は空気が流れていて、心地よかったよ。

光も明るく、木々の緑もきれいダッタよ。

そのとき気付いたんだけど、ゴーグル越しの映像には僕の記憶に基づいた補正がなされているらしい。

本当は、ドクタースミス達の顔は、あごが異様に細くて、昔見た火星人のようだよ。足腰も異様に細いんだ。

5人居た人々の中で、一人だけが僕に話しかけるうちに、彼らを冷静に観察して気付いたんだ。

彼らの代表者は、別の建物で、僕に質問したよ。

どんな気分かと。

僕は、とても気分が良いと答えたよ。

それなら、君は、今や病気ではないと、代表者は言ったよ。

僕は、それもこれも、ドクタースミスのおかげですと。

僕は嬉しくなって、隣に居たドクタースミスにすり寄って、彼女にキスしたんだ。

そこから、全てが暗転したよ。

ドクタースミスは卒倒した。

5人ともパニックになって、何か、わからない声をあげてパニックになった。

僕も、また、看護士に取り押さえられる気がして、大声で叫んで5人をなぎ倒したよ。

彼らは、木っ端みじんになぎ倒されたよ。

僕はスーパーマンになった気分だった。

しかし、そこで記憶が途切れたよ。

クゥワック。

8.    過去の記録

次にドクタースミスに出会った時は、ドクタースミスはエナジーバリアの向こうにいたよ。

透明だけど、バリアの中からは、急激な動きが封じられてしまうんだ。

ドクタースミスは悲しそうに言った。

僕の記録を再検討しているんだそうな。

そこで、あらたな問題が発見されたそうな。

僕は、僕の病気は、もともと、社会的な病気であったそうな。

今や、ドクタースミスも感染してるそうな。

全ては、僕の脳にインプットされている記憶から再構築された記録で確認されたそうな。

僕の父親、ホワイトボーイの目論みは外れたよ。

僕の病気は、テクノロジでは解決出来ない病気だったそうな。

彼らの時代には消えてしまったと思われていたけれど、ドクタースミスの発病が、彼らの考えを変えたらしいよ。

9.    良心

僕も、彼らの、直接接触しない繁殖方法は、理解していたよ。

それでも、僕は僕であり続けるしか無い。

でも、僕は、自分の良心の声に従ったよ。

僕の生まれた時代では、僕は単なる狂人だった。

しかし、この時代においては、危険な異端者になっていたんだ。

この時代にはもはや存在しない、病原菌以下の存在だ。

僕の時代では、僕には存在意義があった。

この時代においては、僕の存在は全く無意味なんだ。

彼らは間違っているけれども、僕は記録システムに向かって自分の意志を伝えたよ。

モウイチド ネムリタイ

10.    ドクタースミスの涙

今日、はじめて、ドクタースミスの涙を見た。

博物館クラスのシステムであれ、一部は、セントラルプロセシングユニットの幹線につなげてあるんだって。

それで、僕の経過で、いくつか倫理規定に違反しているのが明らかになったんだそうな。

ドクタースミスの努力は、あまり評価されずに、ドクターに対する問責が行われようとしているんだそうな。

ドクターとしては、抗議しているけど、うまくいっていないんだそうな。

僕が彼女の涙を指で触れると、あたたかかった。

エナジーバリアも、ゆっくりした動きには寛大だったんだ。

彼女は、ビクっと身をひいたけれど、僕も泣いていたので、彼女はおそるおそる、僕の涙に指で触れた。

僕は、僕に何があっても、許されるような気持ちがした。

11.    エピローグ

僕は再び眠らされて、遥かな旅路に踏み出す。また、グリーンボーイに会えるだろう。ががががが。

もしかしたら、このまま朽ち果てるかもしれない。永遠に目覚めないかもしれない。僕は知らない。

誰が気にかけようか?

精神病は実在するのか

昔、反精神医学という運動がありました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%8C%BB%E5%AD%A6

精神病患者とされた人々に、施設職員を管理させるなど、人権ファーストな試みが行われましたが、指導者の家族の死によって終結された例もあるようです。私は、それを失敗と捉え、同一視されることを拒否します。

しかし、あえて、「精神病は社会的な病」と規定したいのです。

精神病は実在します。急性期にある患者さんをまのあたりにした人なら、誰もが、「原因無く、このような変化を説明出来ない」と言うでしょう。個別の原因があるに違い有りません。

一方で、社会が変わるごとに、精神病の定義も患者数も変わるのは、自明です。

私には、その患者数が0になる社会こそが、理想の社会に思えるのです。

ブーケ

1 はじめのはじまり

202X年、ロサンジェルスの製薬会社タイレル社は、製薬業界でも未曾有の収益をあげた。5年前に発表した自閉症スペクトラム障害(知的障害である自閉症から、知的障害の無いアスペルガー障害、高機能自閉症を含む様々な中枢神経脆弱性を疑われる症例群)の特効薬、ブーケの売り上げによるものである。

しかし、この薬には謎も多かった。治験による効果検証、副作用の確認は順調であったものの、薬理作用を説明する文書には、ただ、「主成分である新発見のタンパク質による」とのみ記載された。

10年以上入院していた患者達が、次々と自立を始めたのは、奇跡として受け入れられた。何よりも、1~2ヶ月の服薬後、断薬しても、効果が1年以上継続するという、これまでの精神病薬にない特性が、医療現場からも宗教界からも支持された。福祉関係者の多い宗教施設で、その効果を目の当たりにしたためである。

先進諸国による対応は、慎重さを求めることができなかった。

一つには、治験段階で驚異的な効果を患者家族会、当事者会が知るところとなり、彼らがマスコミとインターネットをリードした。

二つめには、当時のアメリカは大統領再選の直前であり、大統領自身が親族に患者をかかえていることを、明らかにしていたためである。

三つめには、その患者は、特別に治験名目でブーケを利用しており、すでに症状改善の事実があると、大手新聞社に、すっぱぬかれたためである。

アメリカ大統領のローズウォーター氏は、マスコミ会見を開催した。

以下は、ブーケ発表後1年後における、マスコミ界きっての福祉団体通で、全米障害者家族会の理事でもある、ヨーダ氏との会見模様である。

(この番組は、TVの視聴率としては異例の90%をたたきだした。あっけないほど短い出来レースを演じた40歳の大統領よりも、90歳を超える高齢でありながら、千両役者としての真価を発揮したヨーダ氏の名声を高めた)

ローズウォーター:「私の兄は、アメリカ国民全体の利益のために、犠牲的な実験に身を捧げた。ブーケという薬の治験に、本人の意志で参加したのです。この兄にかわり、私には、この薬の有効性の証人になる用意がある」

ヨーダ:「すでに多くの、圧倒的な効果を示す治験例がインターネット上で公開されています。追加の証人は、今や不要です。大統領」

ローズウォーター:「FDA(食品医薬品局)には、再三にわたって、可能な限り審査を急ぐように、促している。これ以上の権限行使は、独裁となりかねないほどだ」

ヨーダ:「私どもは、公表前から、ブーケを使用した、ある改善例を抑えております。その症例は、すでに断薬後、2年を経過しております」

(周囲からヒューという声。)

ヨーダ:「大統領。この国は自由の国と呼ばれて来ました。開拓精神が尊ばれ、自分の運命を自分で決めることを尊しとしてきました。あなたが、ご親族に適用した自由を、今こそ、他の国民にもお分けするときでは?」

ローズウォーター:(しばし間を置いて、いつもの快活な表情に戻った)

「実は、FDA、CBER(生物学的製剤評価研究センター)、CDER(医薬品評価研究センター)、およびCVM(動物薬センター)には別途、専門家によるプロジェクトチームの総合的な判断結果をつきつけてある。1ヶ月以内に、FDAに、結論を出させることを約束しましょう」

認可などは差し置いて、治験用サンプルは闇値で取引された。「頭が良くなる夢の薬」と、健常者が盗り合う事態となり、マスコミは更なるパニック状態に陥ることとなる。

ひとり不満を唱えたのが、タイレル社以外の製薬業界と薬学会であった。

追随しようと言う懸命の探索空しく、なにひとつ掴めないのだった。

主成分が持つとされる嫌気性のために、徐放カプセルには、複雑な蛋白層が配置されるとされていた。カプセルをばらすと、成分は一分以内に分解変成した。

 

2 夢の薬

薬学会は、くやしまぎれに、「狂牛病の原因物質であるプリオンの系統ではないか?」という、プリオン仮説を提出して、製造工程を明らかにするように迫った。従来の製薬会社に追随するマスコミもあり、「怪しげな寄生虫」「薬剤としての認可は人類への脅威」「情報公開あるまで使用禁止」とうたった。

しかし、薬効を示す側にまわって、一流にのしあがる媒体も多かった。

以下は薬学会の重鎮、ポンパドール氏とタイレル氏の、中立なTV局でのやりとりである。

ポンパドール:(仕立ての良い白いスーツ姿である。恰幅が良くて、しかも高圧的。脂ぎって、はげ上がった頭部はスタジオの照明で、輝いている。まるで、こちらのほうが企業人に見える)

「薬事審査会は、タイレル社に製造工程の公開を求めている」

タイレル:(かたやダークスーツに身を固め、やせぎすである。疲れた目線はもの憂い。対照的に、ポンパドール氏より、学者風の風貌をたたえていた。)

「その条件に応じられない理由は、大手製薬会社の顧問であるあなたには、明らかな筈です」

ポンパドール:「創業者利益は守ると約束出来る。それでも、倫理的な責任を感じないのかね?」

タイレル:「その表現は、我々に疑いを抱いているととれます」

ポンパドール:「なぜ、薬を、あんなにも厳重なベールで守る必要があるのか?疑心暗鬼も当然のことだ」

タイレル:「カプセル内の徐放タンパクも必要な成分のひとつです。」

ポンパドール:「我々は、何度も条件をかえながら、辛抱強く実験をし、分析を繰り返した。そのたびに変成した、茶色のネバネバした液体を得ただけだ。服薬者の死後脳を分析しても、何も見つからない。真空中で解析しようにも、X線解析やNMR解析では、分解後の分子成分比や鉄分の分布しかわかっとらん。そもそも安定化合物でなく、こんなにも変成しやすい薬剤など薬剤と言えない。中枢に作用するとなると、狂牛病やスクレイピー病の原因とされるプリオン系ではないのか?

。。。。君の開発した薬も、その薬効も、はなはだ疑わしい。」

タイレル:「あなたの顧問されている会社が、我が社の技術をリバースエンジニアリングしようとして放った産業スパイがいました。我が社の自衛チームが、昨日確保しました。これも、あなたの疑心暗鬼の結果なのでしょうか?」

ポンパドール:(顔を真っ赤に紅潮させている)

「おまえのような、高慢な若造に、そんなに優れた薬剤を開発出来る筈がないのだ。お前はプリオン使いの詐欺師だ」

タイレル:「ドクター。私は。若く見られますが、ドクターとは5歳しか違いません。後半のご発言は、、、失礼ながら、ドクターの品格をおとしめる発言かと存じます」

ポンパドール:「いずれ、お前の化けの皮ははがれる。プリオンの疑いは解けていないぞ」

タイレル:「ドクターに一つだけ情報を提供致しましょう。

我が社の最新の製造ラインでは、検査工程にプリオン脳を持つラットが使われるようになりました。我が社の研究者が、すぐにでも実験映像を公開する用意があります。ブーケは、今や、スクレイピー病にも、狂牛病にも薬効を示しているのです。」

確かに、この会見で、よくわからないタンパク質というだけでプリオン呼ばわりした事で、かえって反対派が信用を失う契機となった。

結局、アメリカでも、製造工程は企業秘密のまま、認可せざるを得なかった。

少なくとも、CVM(動物薬センター)だけは、責務を追試により果たした。

世界各国でも、次々と認可が、なかば追認というかたちでとられた。

 

3 静かな証人

以下は、認可から2ヶ月後にローカルTV局に流れた画像である。

インターネットでも、再三、形を変えて流れている。

インタビュアは切れ者と有名な映画監督マストロ=マエストロ氏、相手はグレイの僧侶のような布をまとい、剃りあげたチキンヘッドが光る、ヤギヒゲを蓄えた、やせぎすな初老の紳士である。

マエストロ:「あなたの名前を教えてくださいますか」

(鋭い視線を送る。これから、ショウタイムが始まるという雰囲気である)

紳士:「ヤン=スーと申します」

(東洋人のように、両手を合わせ、深々と頭を下げた。二重のひとみは落ち着いて、前を見据え、限りなくおだやかだ。)

マエストロ:「ご職業は何ですか」

紳士:「現在は、。。。数学者です」

マエストロ:「失礼。あなたは、我が国でも有数の数学者ですよね。

私も、知りながら、問わねばならなかった」

紳士:「結構ですよ。私は、ある薬を飲むまでの、23年間というもの、片田舎の作業所で、段ボール箱を組み立てるだけの、社会の厄介者でした。」

マエストロ:「確かに、あなたの前歴は、ある日大学に訪れて、そこの教授に気に入られたというエピソードしか明らかではないですね。で、その薬の名前は?」

紳士:「ブーケです」

マエストロ:「。。。これは驚きました。あなたは、「4色問題のエレガント解」と称する、たった2ページの論文で、フィールズ賞を受賞されたとうかがってます。それ以前の証明は、スーパーコンピュータを1200時間使って場合分けの数を調べ尽くす、力づくの証明でした。私が知る限りの数学界において、あなたこそ、天才と呼ばれています。」

紳士:「私はパズルが好きなだけです。たまたま、産業界で、うまい応用が見つかっただけなのです」

マエストロ:「なぜ、ご自分に不利なことを公表することに?」

紳士:「大切なのは、私が自分の人生を取り戻した事です。この薬により得られた価値を、世界に知って頂き、かつての同胞、これからの同胞と、分かち合うためです。ここに座って、この事実を話す事は、神聖な、私の責務なのです。」

マエストロ:「ブーケは、あなたにどう作用したのですか」

紳士:「私の頭脳は、長らく、暗い牢獄につながれた奴隷でした。

人生は苦痛そのもの。未来には死の陰しか見えず、私はそれと向き合うことしかできなかった。

毎日の時間を、ただ、段ボールの面の数、辺の数、頂点の数を数える事に集中していたのです。“面の数、辺の数、頂点の数”です。

作業の無い日は、頭の中で数えていました。“面の数、辺の数、頂点の数”。全てはその繰り返し。

やることが無くなった夜、それをやりすごすには、メチルフェニデート(覚せい剤の一種とされる)しか無かった。」

マエストロ:「リタリンのことですか」

紳士:「私の場合は、コンサータです」

マエストロ:「今も薬剤依存ですか」

紳士:「この3年間は、何も飲んでおりません。

20年のみ続けた眠剤と頭痛薬それに胃薬もです」

 

4 早すぎる終焉

以下は、203X年に、ネットに速報されたニュースである。

未だに、ブーケに関する議論は尽きないが、以下が結末である。

タイレル氏軍事施設に収容さる

——ブーケの製造工程に重大な犯罪——

——タイレル氏自身がブーケの犠牲者。精神鑑定も——

X月X日未明。AP

ブーケ製造工程で、死後のヒト脳が使われているという事実がCIAにより明らかになった。

身柄を確保した関係筋の証言では、ブーケの中心成分は隕石から抽出したタンパク質とされ、タイレル氏自身が、最初の服薬を行ったとしている。

タイレル氏が、「中枢に機能するこの新しい免疫体を取り込むのは、ミトコンドリアを取り込んだ我々の祖先の進化に続く進化である」と語ったとされる風評は、「発信源が確認出来ない」としている。

タイレル氏は、場所は明かせないものの、軍事施設において、厳重に隔離されている模様。

著名な数学者ヤン=スー氏の遺体がシアトル沖に見つかる

~政府は、暴徒化した市民を鎮圧するとともに、虐殺防止を呼びかけている~

X月Y日未明。AP

ローズウォーター大統領の記者会見によると、流通したブーケは出荷記録、処方記録とつきあわせて追跡調査および回収が進んでいる。平静を保つようように、重ねて呼びかけた。

虐殺された人の数は、世界で10万とも、100万とも、1000万とも言われる。公式発表の100倍弱がおおむねマスコミの見方だ。

夜間の戒厳令をしいた国は23に及ぶ。放火や略奪、集団による襲撃も相次いだ。軍隊と交戦した集団、軍隊同士の内乱もあったという。

カソリック教会、プロテスタント教会、ギリシャ正教寺院、イスラム教礼拝所、仏教寺院をはじめとする宗教関係施設では、神の怒りを鎮めるために、連日にわたる祈りが捧げられた。事態が収束したのは、1ヶ月したころである。

タイレル氏が身柄拘束時において死亡していたことが判明

——ブーケ製造施設のコンピュータに自滅プログラム——

——タイレル氏の義歯に青酸——

Y月Y日。AP

CIAの内部資料公開により明らかになった

後日、あるインターネット掲示板で集められた、推測の数々である

 

ブーケ賛成派)多数であり多様

1)      タイレル生存説:CIAの情報は、タイレルを取り逃がしたので作り上げたデマである。いつかタイレルはブーケ製造を再開する。

2)      タイレル宇宙人説:彼はキリストの再来であったがために処刑された。

彼の肉体は拡散して地球の大気に漂い、近い将来の救済を祝福している。

やがて、人類にとって、新しい夜明けが来る。

3)      ライバル社とCIAによる暗殺説:タイレル社爆破一週間後、CIA幹部に莫大な金が流れた証拠が見つかっている。

4)      事故説:「ヒト脳以外からブーケを製造する方法は完成していた」と、タイレル社守備チーム唯一の生存者が漏らした。生存者は、「最終工程のプロセスはタイレル一人が作成したプログラムであり、今や、同じ物はおろか、類似物すら作れない。」と語った。

「自爆プログラムは、解除しても良かったのだが、CIAが動き出した時に、解除しきれておらず、軍隊の突入時に動作した。

自爆プログラムが働いたのは、純粋に事故だった。」

 

ブーケ反対派)少数だが強硬

1)      タイレル自殺説:CIAの追求で、自らの非人道的な行為の責任をとった。彼は単なる気違い科学者で、おそらくは宇宙の細菌に侵されていた。

2)      大統領による謀殺説:再選するために、タイレルの悪事を封印した。悪事に加担した大統領にとって、有能であったが、タイレルは野心家でもあったがために、抹殺せざるを得なかった。

3)      ブーケ茶番説:ブーケはプラセボ(擬薬)だった。:製薬会社を手玉にとることだけを目指した、精巧なタンパク質というだけのカプセルだった。勿論、タイレルは一流のペテン士である。

4)      ヤン=スー茶番説:ヤン=スー自身もプラセボの宣伝役者だった

全てのからくりを闇に葬るべく、まっさきに、仲間の手で葬られた。

今回の一連の破綻は、神による裁きの結果である。

 

5 付記

この不幸な事件の後で、発達障害者達の希望職種に明らかな偏りが見られるようになった。それは、薬学と地質学の志望者が増えたことである。

段ボール組み立て作業を希望するものは、、、残念な事に、年々僅かな減少傾向にある。

薬信仰への危惧

最初に掲載するのは、精神障害者および知的障害者、その家族が、待ち望む、夢の新薬のおはなしです。

これら、永続すると思える、苦痛の救世主を、切ないまでに夢見ることは、罪ではありません。

ダニエルキイスの「アルジャーノンへ花束を」および、映画「まごころを君に」は、名作であり、全てのテクノロジーが持つ宿命である、適用期間、適用範囲といったものの有限性が語られました。

SFファンとして、この名作を、意図的に真似たものの、付け加えたかった想いは、オリジナルでした。

すなわち、薬による救済には、常に副作用があり、もしかしたら、倫理的な反動が、現状の現場と同じくらいありうるという危うさです。

例えば、SSRI(セロトニン再取込み阻害薬)です。従来の、ドーパミンを押さえ込む抗精神病薬が、患者の問題行動を抑えるとともに、寝たきり、垂れ流しにする事例を出したことから、アンチテーゼとなりました。ハッピードラッグなどと揶揄されながら、全世界に普及。2000年頃の米国では、健忘を主訴とする多数の訴訟を招きました。日本で問題視されたのは、衝動性の亢進による自殺です。健忘、衝動性、ともに、元の疾病が原因と、医師達は主張します。

科学は進歩しますが、常に、諸刃の刃なのです。

まず、飲む者が、学ばねばなりません。

地上の旅人によるSF小説の試み

中学生の時、はじめてSF小説を読んでから、46年が経過しました。

ブラウン、クラーク、ブラッドベリ、胸躍る体験でした。

やがて、レム、ルグイン、ディック、と続きました。

訳あって、精神病と自殺回避を人生のテーマに選択して、何作か好き放題に書きました。

目的を持った執筆であるので、同人誌掲載から、ネット公開に方針転換いたします。

プロを目指す訳でなく、ネットに永久に残るとも、思いません。

ただ、書かずに居られないだけです。