電気のうた

0.     プロローグ

サァ行こうとカンゴシがささやく

28番のかたどうぞーとドクターが呼ぶ

ヤメロー

ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、

ヤメロヤメロヤメロ

YAMETEKUREEEE

俺の言葉はこえにならない

 

1.     入院

俺は早野公平。都内に下宿する大学3年生だ。俺がいまだに3年生なのは、当然に理由がある。去年はさんざんな一年だったんだ。渋谷のブティックに勤める彼女にふられ、2年続いたバイトも喧嘩してクビになり、やけ酒と彼女に貢いだお買い物で自己破産して、親から勘当になり、大学に通う気もなくなって留年しちまったわけだ。彼女の名前はエイコ。英子と書いて、エーコと読むの。それが、本当にエエコなわけよ。足首がキュッとしまっていてさ、赤いサンダルが滅茶滅茶似合ってさ、俺はメロメロだったわけよ。ナノニ、ナンデ〜〜?? オレハ、カナシイヨ。それでも、俺は、酒を飲むとすぐに眠くなる体質が幸いして、身体をこわすこともなく、まったりと高級酒をあおっては、生活保護を受けて玄米食のみの生活で、安定した経済状況にあったわけよ。

ところが、だ。俺が、隣に住むMさんの尊大なまなざしに疑いを持ち始めて3年間。我慢にがまんにガマンを重ねたすえ、フラストレス3番線にのって、Sクリニックに通ったのは、当然に、重大な結果をもたらしたのさ。

その1年後には、立派に統合失調症の診断をいただいて、N精神科病院に入院が決まったのだ。

N精神科病院はフラストレス3番線に乗って、ふた駅、徒歩3分にある便利な大病院。

近代的な白亜の城。

若くてピチピチの看護士が200名、サービスを提供すべくお待ち申しております。おります。おります。

製薬会社との完璧なコラボレーションを目指す崇高な理念の元、県庁からも信任あついことを示す感謝状を待合室に掲示。

なにしろ、廊下の幅は3mもあるし、どんなに大きな担架も3車線の余裕で通過可能です。

俺はと言えば、聖ヒエロニムスのように禁欲的に、

ベートーベンの憂いをおびて、

シューマンのように才能を開花させ、

直ちに保護室にぶちこまれた。

最初の筋肉注射の猛烈歓迎に、さらに猛烈に反応して、男の看護士を殴ってしまったためだ。

猛烈に反省、反省。

反省。

 

2.     治療

やがて、憂鬱な日々が始まった。

「出ろ」という、太った巨漢の高圧的な看護士の言葉。

連行された小部屋には、あと二人の痩せた看護士が待っていた。ベッドと小さな無線機があった。

「ここに横になれ」と言われた俺は、躊躇したね。

なにしろ、拘束ベルト付きのベッドだからね。

でも、巨漢看護士は否応無く俺を突き飛ばして、やすやすとベッドにくくり付けたね。

俺は、無線機のヘッドホンをかぶせられ、痩せた初老の看護士がスイッチを入れたね。そこで意識が飛んだ。

俺の中で99羽のブラックバードが歌い出す

モーレツな波の中で俺の身体は荒波の中の難破船のように

よじれ、反転し、全ての内臓が明らかになる

アニミズムの信奉者達のタイコのリズムが響く

ズンドド ズンドド ズゥン ズゥン

すっかり囲まれてしまった

ひざが、がくがくし、アドレナリンはマックスだ

遠くでサイレンが鳴っている

たぶん、上流ダムの放水がはじまるのだ

河口付近に もやっている船団が一斉に汽笛をならす

全てが不気味で不吉でサイアクだ

俺は電気の身体を歌う ザザザザザザージンジ

頭の中でオシチが半鐘をならす ガンガンガン

すべてが空中で崩れ、拡散し、形を失って行く

ズンドド ズンドド ズゥン ズゥン

無意味な空白になってしまい、空しさに包まれる

頭痛と吐き気と関節痛にのたうちまわる

ズンドド ズンドド ズゥン ズゥン

つぶれたカエルを口に含んだように胃袋から胃液が逆流する

ツートト ツー

ドップラー効果意味無し

おいらん 発掘中

民主党は 衰退

やってられないんだよ

ウーララ ガビーーン

ユニックスは バグッタ

ピースフル ジャパン

カネミ化学は ドジッタ

クラースナヤ プローシャチ

イプシロン 漂流中

やってられないんだよ

福島原発 異常アリマスカ〜〜

ラビリンス

シネシネシネー

岩倉ともみシネ

やってられないんだよ

税金の無駄遣い

やってられネえんだよ

イワンの馬鹿

おいらん かんざしをなくす

やってられネえんだよ

ピチャッ  ピィーーーーン

ついに意識が失われ、俺はやっと休止符にたどりつく

ここが終わりだ オレハ モハヤ ムテキデハナイ

カンゼンナル無

毎日がこれの繰り返しさ。

毎日、毎日、毎日なのさ。

やってられネえんだよ。

やがて、俺に変化が訪れた。

すばらしく幸福な感じになってきた。

それでも頭に電気を通電されるのは憂鬱。

なにがなんだかわかんねえ。

「この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました。」

俺の頭の中で、声がかけめぐった。

急いで、ケーキセット しらたまあんみつを試食せねばならない。

ここはバージニアウルフの意識の流れの手法で書かねばならない。

ライド ア コックホース ツー チャリングクロス

俺は、とってもハッピー。

最初から個室とは  ゲンがいい。

 

3.天尊降臨

俺様は地上に降り立った。

何も覚えていないところを見ると、神業のような早業で病院を抜け出したに違いない。エスパーである俺様は、こうしてセブンイレブンショップに来ている。

あいにく、何を買いに来たか思い出せない。

サイフを見てもペッチャンコなので、金は無いらしい。

俺様は神様なので、神業のような早業で、何を持ち帰っても凡人には気付かれないに違いない。

俺様は、カップラーメンと冷凍たこ焼きを手に取った。

神業のような早業で、店を出ようとした。

そのとき、呼びかけられた。

「お客さん!」

そのとき、それは、始まったね。

視界がぼやけ、なんか、なにもかもが2重に見えるんだ。

俺は思い出した。

「はじめてじゃない」

「はあ?」

緑の顔をした宇宙人がいぶかしむ。

「はじめてじゃない」

「はあ?」コンビニ店員がいぶかしむ。

1回目は、緑の顔をした宇宙人。同じく緑の宇宙服を着ている。

2回目は、コンビニの店員。ロゴ入りの黄色のエプロンを着けている。

そう、同じことがさっきもあった。

俺は宇宙人の攻撃を避けようとして、軽く身体をずらした。

そしたら、ゆっくりとした俺の動作にもかかわらず、看護士の掴んでくる腕を悠々とすり抜けたんだ。

多分、俺は、毎日の通信業務から逃れたくて、エスパー的な武道の心得を習得したに違いない。

初めてじゃないんだ。

今度も俺は、コンビニ店員のつかみかかる手を間一髪ですり抜けた。

「ドロボー」と叫ぶ宇宙人。

「ドロボー」と叫ぶコンビニ店員。

俺は、宇宙人もコンビニ店員も無視して、悠々と店を後にしたね。

今日は、とってもいいお天気。ぬけるような青空。

 

4.スーパーマン

そらを飛ぶもの。

鳥だ。

飛行機よ。

いいえ、それはスーパーマンです。

彼こそは、アメリカの平和を守るため、日夜働いているのです。

俺様はそのまま地下鉄におりて行ったね。

チケットのゲートは簡単にすり抜けたし、駅員の呼び止めるのも、人ごみで難なくふりきったね。

駅員はすぐ諦めたね。

でも、俺様の視界は再びぼやけた。

ピーンボケ。

緑の宇宙人がホームを落ちて行く。

すぐそこに、迫り来る地下鉄車両。なにやら叫んでいる。

うるせーーんだよ

ジャケットのエリを掴んで、そいつを引き止める俺様。

中年のさえない会社員が、しばし、おれを見つめた。

呆然としている。

ボケちゃいるけど、足を滑らしたところを、俺様が俊速で助けたのに気付いたらしい。

めんどうくさいンで、俺様は俊足で奥に進んだね。

13両目に乗らにゃならんのよ。

「さようなら宇宙人」と声に出していた。

 

5.スーパーマンその弐

カップめんと冷凍たこ焼きで武装した俺様は、万能感にあふれていたね。

いつもの公園で俺様は、ベンチに腰掛けた。

緑の輝きが、がすがすがしい、春の一日だ。

まだ、日は高く、風も心地よい。

ふと見ると、すぐ横にカワイコチャンその1が腰掛けている。

シクシク泣いているんで、まわりの通行人は避けている。

俺様だけが、な〜〜んにも気付かずに青空を眺めているわけだ。

もいちど、カワイコチャンその1に目を戻す。

白いブラウスに清楚なブレザーは、なかなか良い。

お下げ髪も、整った、ちっちゃなお顔もイィよ。

指先大のビニール袋らしきものを涙目で見つめている。

オイ ヤメロ

ナンデ ミドリニ ナルンダ

オレサマハ ナ〜〜ンモ シランゼ

宇宙人もカワイかった。

でも、ビニールをあけて、口にかざすと、すぐに顔色が茶色にかわって どす黒いブスになった

ゆがむ顔から苦しむ声が漏れた

俺様が飲まされていた薬より、かなり強烈な薬らしい。

ヤメロって 言うトンジャ

俺様は立ち上がり、カワイコちゃんから、間一髪でビニール袋をひったくった。

うるんだ瞳が俺様を見上げる。

やっぱりカワイーィ。

俺様は、またしても俊足で、その場を去ったね。

メンドクセー

俺様はブスが大嫌いなんじゃー

6.ス−パーマンな日々

緑化現象が1日に3回もあったのは、最初だけだ。

だいいち、あれは俺を疲れさせるのよ。

たいていは、俺の必要を満たすのはコンビニでの食糧調達で、

1日1回で十分なわけよ。

だからぁ、俺様が次のメンドクセー人助けをしたのは何日も後のことだなア

スーパーマンには敵がつきものなのさ

コンビニをやってるあいだは、敵はトロイ警官で、俺様は難なく敵を振り切った。

やがて、本物のオトロシイやつらが、俺を付け回すようになったのは、俺が目立ちすぎたせいに違いない。

その日、俺はコンビニを物色するためにサザンストリートを歩いていた。ビル工事の目隠しをする白いトタンの横だ、切れ目に見えたクレーン車の操縦者が緑化しやがった。

そいつは、何かの発作で居眠りシヤガッタ

クレーンにぶら下がった鉄骨がこっちに向かってきやがった

ガラガラビッシャーーン

キャー

この通りは、人通りが多いし、たちまちの修羅場よ

俺だって無事じゃ済まないに違いない

俺はあせったね

最近は、慣れているから、余裕は20秒しかないとわかっている

モウ 7秒ハ タッテイル

俺は、13秒で、クレーン車に乗り込んで、緊急停止させた

すぐ横で 運転手のジイさまは 眠りこけてやがった

日雇い土方していた頃のことさ。俺は、同僚の昼休みに声をかけたことがある。

そのとき、これと同じメーカーの車両で、同僚は俺の目の前で、非常停止の赤いボタンを押たんだ。

なんで、俺一人が逃げなかったかって?

俺は、あの悲鳴ってやつが大嫌いなのよー

エスクレメントウーゥ

ボクハジェッター 1000ネンノ ミライカラ トキノナガレヲコエテ ヤッテキタ

リューセーゴー オートーセヨ

もちろん、ここでも俊足で逃げたんだが。。。。

それからだよ

てごわい奴らが俺をつけまわしはじめたのは

奴らは、けっして警官に見つけられなかった俺様のアジトのそばに張っているんだ。しかも、けっして近づいてこない。

複数いて、どいつもこいつも。

いっつも ひとりごとを ブツブツ ブツブツ 呟いとるんじゃ。

キモチワルインジャ〜〜ッ

 

7.拉致

彼は自分を助けることができなかった。

20秒後に自分が拉致される場面は見えていた。

ところが、拉致しようとしている男が、キラキラ光る魅力的なリストバンドをプレゼントしてくれたのだ。いきなり両手に付けてもらった贈り物に男は魅了され、永続的に自由を失ってしまったのである。あっけない幕切れで、彼は拉致された。

8.監禁

 俺は、新しい病院の生活に速やかに順応したね。なんといっても電パチが無いし、メシは病院より美味いし、アホズラした看護士が、頭のよさそうなお兄さん達に変わったのは、きっと、病院の経営改革の成果に違いないと、俺はにらんでいるよ。でも、窓は無いし、景色は悪いわな。おかげで、俺は時計を見ても、昼の12時か夜の12時かわかりません状態さ。

 ときどき目隠しと手錠で、いろんなところに出かけたよ。スーツを着た看護士達は必ず二人以上で、緑の画像が見えていても、逃げ切れなかったね。やつらは、まず、俺に手足をがんじがらめに固定する器具をつけるんだ。つぎに、看護士の一人がリモコンのスイッチを入れると、俺は不思議なくらい自由に動けるんだ。俺は試しに、リモコンを奪ったね。だって簡単なんだもん。でも、奪ってすぐに、固まった。誰かが、俺のことをモニターしてるのさ。モニターのカメラがどこにあるかは、わからずじまいさ。

 どこに移動したか、いつも車に乗せられたね。病院のくせに、他の病院ばかり利用していた。きっと、零細な個人病院なんだ。他の患者もいなかったしね。脳波の計測、X線CT、注射して、またX線CT。注射しても、不思議と、具合悪くならなかったよ。薬も改善されているんだな。いろんな変な絵を見せて、えんえんと話をさせられることもあったな。俺は、いいかげんに答えておいたよ。もっとも、俺様をふった英子の写真が出てきた時は冷静にはおれなかったけどね。俺は、電パチされるから、必死にこらえたよ。医者もずっとましだ。ニコニコしてる医者も、医療改革の成果だ。ほとんど無愛想な表情と無言で拘束や注射の指示を出していた頃とは大違いさ。

 暑い日も寒い日も何度か経験したから、たぶん、2、3年てとこかな。お兄さん達は言うんだ。「何か欲しいものはあるか」とね。俺は、いつも、すかして言ったもんだよ。「山岳写真の写真集を」。

 おかげで、ベッドとテーブルだけだった俺の病室は本だらけになったね。俺より高い書棚だけで4つが満杯になった。朝日に映えるエベレストや、緑なす牧草地に対照的なユングフラウ、頂上で登頂を喜び合うパーティを写した穂高のご来光。俺は、とっても癒されるのさ。俺は、逃げる気もなくなったね。ここに居れば、なんぼでも本が手に入るからさ。部屋も窓付きに昇格したことだしね。高窓だけどね。

 人が面会に来たこともあるな。

エイコにそっくりさんだったけど、俺はだまされないさ。

部屋に通された時は、びっくりだったけど。

「エーコ?」

「公平」

声は似ていたな。

「元気?。。」

でも、赤いサンダルじゃない。

「私たちは、ほんの3回くらいしか会ってないけど、ここの人たちが会えというの。私を覚えてる?」

「元気さ。君はエーコじゃないけどな。」

だまされるもんか。

顔が小さくて、クリクリした目は一緒だけど、目尻のしわを、俺は見逃さなかった。見事な曲線を描く筈の足首も、不格好なブーツで隠している。

それに、いつもと違って笑ってない。

悲しげに見えるのは嘘をついているからに違いない。

こいつはニセモノだ。

「あれから、いろいろあってね。私は結婚したのよ。」

そーだよ。これは、完全に偽物だよ。

「ゴメンネ。ここの人がお金をくれるというので、きちゃったけど。。。。あなたのことも、嫌いじゃなかったし。」

「だまれだまれダマレ。」

俺はブチきれた。

「お前と話すことは無い」

「2回目のデートでいきなりプロポーズした、あなたがいけないのよ。私たち、そんなに知り合ってなかったんだし。こんなことになってるなんて。。。」

大きな瞳にたっぷりな涙をためて、エーコのそっくりさんが泣き出したので、俺は部屋を飛び出した。

出口に待ち構える二人の看護士は、俺を捉えるのを知っていたけど、俺は喜んで捕まってあげたよ。俺も、もらい泣きしちまって、視界がぼやけていたんだ。

そんなこと以外は、俺の毎日は平穏だったよ。

9.解放

 俺様の入院生活は、突然終わったね。

祝退院。

アリガトゴザッマーース。

俺様を退院に導いたのは、とある夜中に、これまたスーツを着た男達が10人くらいも俺様の部屋に乱入した訳だ。俺様は怒ったね。

「ふとどきもの。控えおろう。ここにおわすをどなた様と心得る!!」

でも、その中の一人が歩み寄って、言うんだ。

「早野公平さんですね。我々は、この製薬会社のアジトに不法監禁されているあなたを救出に来た者です。政府関係の機関ですが、あなたの罪を問うことは一切しません。。。。」

俺様は、かまわず続けたね

「恐れ多くも、スーパーマン様でアーールッ」。

「。。。あなたの人命救助の数々を、我々も高く評価しているんですよ。これからは、あなたの自由を最大限に保証しますから、我々のほうに協力を願いたい。」

俺様は言ったね。

「山岳写真の写真集を!!」。

俺様は、とりあえず、シーツみたいなものにぐるぐる巻きにされて、第二のシャングリラに向かった。

 

10.エピローグ

彼の狂った理性は、自分の見ることの出来る2つの世界を区別出来ていなかった。ネガフィルムとして見えている未来映像と、リアルタイムの20秒後の世界の違いは常に混乱を招いていた。すなわち、自分を含む数々の人助けは偶然の産物だった。彼の動作も、お世辞にも早くはない。単なる予知能力で見切っているに過ぎない。いわゆる予知が、どうしてことごとく当たるのか、どの神経回路が20秒という時定数を決定しているのか、それは謎である。単に、もともとある視覚情報過敏性が高まったものであるのか、神の無作為な気まぐれか、製薬会社も政府関係機関も解明してはいない。ただし、彼の「未来を変えられる」という、結果としての能力は、圧倒的な意味を持っていると結論づけられた。

後日、政府関係機関が提供した画像遅延メガネは20秒の予知を、1秒から20秒の間に自在に調整可能とした。彼はタイムパトロール隊員のように、自分の時をコントロールし始めた。

「俺は生きる」

彼は、漠然と思うのだ。

「次に何をしようか」。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です