目覚めないと言う声が聞こえ

0.     プロローグ

淡いクリームイエローのカーテンが風に揺れた。まだ起きたくない。もうすぐ、グリーンの体色をした友人が窓から現れるかもしれない。起き上がれば、ががが。いつも通りの暗くじめついた部屋に違いない。母が叱る。ガガガガ。危険。カーテンが軽やかに舞う。安全。あ、誰か肩に触った。ガガガガ。危険。グリーンボーイが逃げる。

グリーンボーイは僕のことを誰よりもわかってくれる。

優しかった母よりも、冷たい父よりも。

母は、動かなくなってしまった。

胃が灼熱してキリキリと痛んだ。頭痛がした。

足がピクピクして、身体がのけぞった。

いつものように、さっき飲んだミルクを少し吐いた。

死んだのだそうだ。アリンコのように、枯れた生け花のように。漁村を、臭いにおいで埋め尽くす魚の干物のように。ブルーボーイが言っていた。

あいつは、僕のことを悪く言う。僕しか知らないことを知っているのは、僕の右腕の中に盗聴器をしかけたからだ。ガガガガ。でも、僕は何度も腕を柱に打ち付けて、盗聴器を故障寸前までにしてやった。ガガガガ。今は、雑音まじりで聞きにくい筈だ。

僕は同時に、あらゆる引き出しの中にリセッシをまき散らして、消毒した。

けがわらしいブルーボーイの手下となっている虫共を駆逐してやった。

今では、ぼくのことを告げ口することも難しいだろう。でも、油断しちゃだめだ。

電車の中にも、コンビニの客にも、ファミレスの従業員にも、やつに洗脳されたゾンビがまぎれ込んでいる。奴らを見分けるのは難しい。見分けるための質問は、10問から20問。質問は簡潔であるべきだ。質問はノートに書いてある。でも、ノートをなくした。陰謀があるに違いない。

ホワイトボーイもグルに違いない。おとなしそうな顔をしているのが証拠だ。

おまけに、あいつときたら、昼ご飯の弁当にミルクをかけて食べるんだ。

おれは、ちゃんと見ていたんだ。あいつが悪い宇宙人だと気付いたことは秘密にしてある。

だから、僕はしばらくは大丈夫だ。あちこちに目配りして、担任の教師にも慎重に受け答えしている。僕は大丈夫。

大変だ。目を見開く。

たちまち、3人の白衣をまとった看護士が、立ちはだかった。

僕を押し倒し、両手足を押さえつけた。

一人が、僕の腕に注射針を突き立てた。

1.     コールドスリープ

シェルターは200年をリミットに設計されていた。途中で発見

時には光も発した。中に収容された人物のいきさつを三ヶ国語でビ

ットマップ画像とアスキーコードにより解説している。

設計者の主なポイントは、生理学的な循環システムと、地中に埋

めることによる地殻変動への耐性にあった。

すなわち大便、小便、汗の大量な処理が宇宙船における最新の技術

を駆使しても厳しいことを認識していたし、あえて小型原子炉を使

うという危険な選択をして解決した。

すなわち、大量の水と必須アミノ酸以外の、熱、光、ビタミン、ミ

ネラルは備蓄したものを使うというシンプルな思想により、循環の

2連鎖から切り離したのである。収容者は自然放射能より幾分強い放

射線を浴び続けるリスクはあるものの、それを必要悪としていた。

また、地殻変動に関するシェルターの強度、および、経年劣化対

策でも、宇宙開発の最新鋭のテクノロジが駆使されることとなった。

コールドスリープ社は、この2つのポイントにおいて、同業他社

の類似技術を圧倒したし、単一の企業体としては珍しく、150年

あまり存続したのである。

コールドスリープ社のビジネスモデルも単純明快であった。

それは、「ご家族の死を回避する」ことにあった。

宇宙船1せきに相当する莫大な対価を要求するものの、家族の死に

行く姿を見ずに済むのである、多くの資産家が、子供のために、自

分のために、「永遠の生命」を購入した。

結果は、予想通りというか、99%は、失敗することとなる。

肺や心臓、腎臓、肝臓といった疾患を背負った収容者の身体は、人

工栄養によって維持するには負担に耐えきれなかったし、筋肉シス

テムの維持だけとっても、微弱な電流パルスによる疑似運動は、生

体の維持に不十分なことが多かった。希望は、個体差による幸運を

享受した1%のみであった。

テクノロジの進化が、臓器移植によらず、人工臓器で対応するに

は。予想を上回って300年の試行錯誤を要した。従って、コール

ドスリープ社のビジネスモデルが意味を持ったのも、肺と心臓の人

工臓器技術が確立した2300年までのことであったし、不完全な

がらも人工臓器が使い物になった2200年以降においては、僅か

に残された聖地、大脳皮質の疾患がコールドスリープに賭ける唯一

の根拠となっている。

しかし、彼が目覚めたとき。それは、1300年後の世界だった。

本来ならば、備蓄した供給物を使い切って、収容者が餓死するリミ

ットを6回超えたことになる。その証拠に、装置には、幾度かは不

明なものの、その時々の、様々な改善が組み込まれていた。


2. ケイカホーコク

ボクハ、ナンニンカノ、ザワメクコエニ、オコサレタ。

コエハ、「オキナイゾ」トイッテイタ。

ボクハ、「オキテイル」トコタエタカッタガ、シタガマヒシテイタ。

ヤムヲエズ、テヲアゲヨウトシタガ、コレモシッパイ。

コマッテイタラ、ウエノホウカラコエガキコエタ。

「ボクハ、オキテイマス」

ボクハ、「マタゲンチョウガハジマッタ」「クスリヲノマサレル」トオモッタ。フタタビコエガシタンダ。

「マタ、ゲンチョウガハジマリマシタ」

「ボクハ、クスリヲノマサレルニチガイナイ」

イツモトチガッテ、オンナノヒトノコエガキコエタ。

「ダイジョウブ。クスリハノマナクテイイカラ」

コレガボクノサイショノカイワ。

ドクタースミスガ、イッタ。

アトデボクガミレルヨウニ、キロクノレンシュウ、シヨウネ。

マダ、ナレナイ。

テヲツカワズニカクノハ、キモチワルイ。

3. ドクタースミス

ドクタースミスハ、イシャジャナイミタイ。

コウコガクシャナンダッテ。

ツイデイウト、スミスデモナイ。

ハツオンガ トテモムズカシイ。

ドクタースミスハ、ボクガムカシミタTVバングミノアクヤク。

ウチュウカゾク ロビンソン。

デテキタアイボウハ ロボットノ フライデー。

「コウテイシマス」

「コウテイシマス」

クリカエシノオオイキロクハダメナンダッテ。

ループスルト、キロクシステムガコワレル。

1000ネンモムカシノ、ローテクシステム。

ボクジシンガ、イキテイルカセキ。

キセキ?

ドッチデモイイヤ。

4. シーラカンス

今日から、日本語のデータをリンク出来るようにしたんだそうな。

記録を見返すのも、ずいぶん楽ちん。

僕の居る部屋は、ローテクシステムでかためてあるそうな。

ベッドも机も、椅子も、食べ物だって。

ドクタースミスが説明するとき、いつも「このオモチャは」と、大まじめに切り出すんだ。僕は笑っちゃったよ。

ここ自体が博物館の展示室みたいな。

1000年近く古いシステムを再現したんだって。

それでも、最大のだしものは僕。なんといっても、生きている化石だからね。

いきなり最新のシステムにすると、僕がショックで死んでしまうと配慮したんだとか。

早く、最新のシステムになれて、外の景色が見たいな。

随分変わっているはずだけど、ドクタースミスは、そんなに変わらないという。変わったのは、情報量と、その持って行く場所だけなんだそうな。

情報革命は、僕の生きていた頃には始まっていたけど、加速度的に進化するのが、特徴だったそうな。

そうそう。今日は、口から食べ物を入れる練習をしたよ。

今日はじめて、ベッドから立てたよ。

明日から、舌を動かして声を出す練習をするんだって。

僕って、凄いじゃん。

5.    ウルトラセブン

今日は、ゴーグルの使い方を教わった。

ウルトラセブンみたいに、しゃれたメガネ。

でも、すごいんだ。

目に見えるものに、「?」というハテナマークを感じると

文字で説明してくれる。しかも、その説明が、僕にはとてもわかりやすいように感じられるんだ。

多分、簡単な一言説明のあとで、2次元平面を駆使して、歴史や、メリット、デメリット、典型例と派生系を画像表示してくれるのが、僕の思った順序で再生されてるんだと思う。

ローテクシステムとのつなぎは、まだ不十分らしいけど。。

僕は、これがあれば、外に出ても鬼に金棒と思ったね。

6.    仮装大会

明日は、はれて外出が許された日。

僕とドクターは、最新のスーツを着てみた。

ものすごく軽くて、しかも、ゴーグルと一体化している。

なにしろ、僕の身体は老人と同じくらい萎縮しているから、僕のスーツには筋力の補助機能もついているんだそうな。

それでも、二人とも裸に近い感じにみえちゃうので、僕は少し興奮しちゃった。

恥ずかしいけど、こんなことでも、システムを使うと、何でもないことみたいに記録出来ちゃう。

多分、僕も、シーラカンスや北京原人から、進化しているのかもしれない。

7.    ふきわたる風

僕は、ついに外の世界に飛び出したよ。

外の世界は空気が流れていて、心地よかったよ。

光も明るく、木々の緑もきれいダッタよ。

そのとき気付いたんだけど、ゴーグル越しの映像には僕の記憶に基づいた補正がなされているらしい。

本当は、ドクタースミス達の顔は、あごが異様に細くて、昔見た火星人のようだよ。足腰も異様に細いんだ。

5人居た人々の中で、一人だけが僕に話しかけるうちに、彼らを冷静に観察して気付いたんだ。

彼らの代表者は、別の建物で、僕に質問したよ。

どんな気分かと。

僕は、とても気分が良いと答えたよ。

それなら、君は、今や病気ではないと、代表者は言ったよ。

僕は、それもこれも、ドクタースミスのおかげですと。

僕は嬉しくなって、隣に居たドクタースミスにすり寄って、彼女にキスしたんだ。

そこから、全てが暗転したよ。

ドクタースミスは卒倒した。

5人ともパニックになって、何か、わからない声をあげてパニックになった。

僕も、また、看護士に取り押さえられる気がして、大声で叫んで5人をなぎ倒したよ。

彼らは、木っ端みじんになぎ倒されたよ。

僕はスーパーマンになった気分だった。

しかし、そこで記憶が途切れたよ。

クゥワック。

8.    過去の記録

次にドクタースミスに出会った時は、ドクタースミスはエナジーバリアの向こうにいたよ。

透明だけど、バリアの中からは、急激な動きが封じられてしまうんだ。

ドクタースミスは悲しそうに言った。

僕の記録を再検討しているんだそうな。

そこで、あらたな問題が発見されたそうな。

僕は、僕の病気は、もともと、社会的な病気であったそうな。

今や、ドクタースミスも感染してるそうな。

全ては、僕の脳にインプットされている記憶から再構築された記録で確認されたそうな。

僕の父親、ホワイトボーイの目論みは外れたよ。

僕の病気は、テクノロジでは解決出来ない病気だったそうな。

彼らの時代には消えてしまったと思われていたけれど、ドクタースミスの発病が、彼らの考えを変えたらしいよ。

9.    良心

僕も、彼らの、直接接触しない繁殖方法は、理解していたよ。

それでも、僕は僕であり続けるしか無い。

でも、僕は、自分の良心の声に従ったよ。

僕の生まれた時代では、僕は単なる狂人だった。

しかし、この時代においては、危険な異端者になっていたんだ。

この時代にはもはや存在しない、病原菌以下の存在だ。

僕の時代では、僕には存在意義があった。

この時代においては、僕の存在は全く無意味なんだ。

彼らは間違っているけれども、僕は記録システムに向かって自分の意志を伝えたよ。

モウイチド ネムリタイ

10.    ドクタースミスの涙

今日、はじめて、ドクタースミスの涙を見た。

博物館クラスのシステムであれ、一部は、セントラルプロセシングユニットの幹線につなげてあるんだって。

それで、僕の経過で、いくつか倫理規定に違反しているのが明らかになったんだそうな。

ドクタースミスの努力は、あまり評価されずに、ドクターに対する問責が行われようとしているんだそうな。

ドクターとしては、抗議しているけど、うまくいっていないんだそうな。

僕が彼女の涙を指で触れると、あたたかかった。

エナジーバリアも、ゆっくりした動きには寛大だったんだ。

彼女は、ビクっと身をひいたけれど、僕も泣いていたので、彼女はおそるおそる、僕の涙に指で触れた。

僕は、僕に何があっても、許されるような気持ちがした。

11.    エピローグ

僕は再び眠らされて、遥かな旅路に踏み出す。また、グリーンボーイに会えるだろう。ががががが。

もしかしたら、このまま朽ち果てるかもしれない。永遠に目覚めないかもしれない。僕は知らない。

誰が気にかけようか?

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