賢者の資質とは?

私は、発達障碍者とされる人々に、いささかぶっ飛んだ未来を見ています。
勝手に、賢者とか知者とか、人類の未来を託して思い描いております。
賢者の目指すべきものは何でしょう?
富とか知では、ないはずです。

筒井康孝の七瀬シリーズが、超能力から、ついには神にたどり着いたのを思い出します。
どうも、暗い話ばかりになっている私のストーリーに、明るい要素を取り入れてみました。

賢者の石

星降る夜に
ひとり
車を飛ばし
下りのインターチェンジを抜けた
その先にあったのは
野菜畑の田舎道
迷ったようだ

背後に
高層住宅街のナイトライツ
ひとつの灯りに
ひとつの人生
車を停めて
ダッシュボードを開け
タバコをふかす

ひゃくおく光年の先に
思いをはせる
まよいっこ
あたまの上に
あまのがわ

男の魂はテレポートした
今度も失敗だ
距離の問題でないことはわかっている
凍える寒気が貫いた
漆黒の空間に無数の漂うイシクレ
ここは無数の彗星の墓場
小惑星帯の外側に違いない
地球外生命体を探しに惑星を目指したのだが
やはり、目標設定の方法がまずいらしい

それでも、生命のざわめきが聞こえる
アミノ酸を含んだイシクレが散在する
この絶対零度に近い環境でも生きているのか
耳を澄ませる
「エイヨウソ エイヨウソ。。。」
そんなふうに聞こえる

声のするほうに泳ぐ
水中は泳げないが、スーパーマンになったつもりで右腕をつき出す
ほかの小惑星は、よけずとも通りすぎていく
難なく辿り着いた

直径は10mほどか
手を延ばしてみる
案の定突き抜けてしまった
多孔質の表面に窪みがある
赤黒い

話しかけてみる
「君はどこからきたのか」
「コノギンガノハテ」
「君はどこに行こうとしているのか」
「エイヨウソノアル ラクエン」
「そこは楽園ではないかもしれない」
「キミハ ジブンガ メグマレテイルコトヲ シラナイ」
「そうかも知れない。
私たちは、毎日得られるものは、二日めに当然と思う。
三日めには同じであることに落胆する。
四日めにはうんざりだ」
「ラクエン ラクエン」
「君の特徴を教えてくれ」
「アナタノ100バイノ イデンシ」
「どんな形をしている」
「イマノトコロ コノイワゼンタイ ナニカ オクレ」
「残念ながら、実体の移動は出来ないんだ」
「ボクラハ ナンデモトリコム トリコム」
「11次元球面を伝ってきたのは、ダークエネルギーだけなんだ。
もし、良ければ。分けてみよう」

私は、両手を揃えて、赤い窪みに差し出してみた。
指先に力を集中してみる。
”ダメもと”というわけだ。
できないかもしれない。
もしかすると、命を失うかもしれない。
ガリガリ言う音が、聞こえた。
実際には、振動のようなものだけで、少し、気が遠くなった。
「アリガトウ アリガトウ カンシャ」
「役に立てたなら、僕も嬉しい」

そして、男は舞い戻った。
畑に、ツユムシとキリギリス。
ツツー ギー
少し離れた水田に、無数のカエルが鳴いている。
ゲコゲコ ゲーゲー
見上げる空には、満天の星が歌っていた。
アリガトウ

愚民の巣

老人は深夜の公園のベンチで、まどろんでいた。
夏の風は心地よく、木々は、緑豊かな葉をこすりあい、ざわめいた。
噴水は止まっており、水音はしない。
花壇に無数の月下美人が、強い香りを放っている。
時おりの通行人で、こおろぎとツユムシが鳴き止むほかは、全体が安息を謳歌している。

老人の記憶にある昔の写真に、この公園のものがあった。
緑なす芝生の上、赤ん坊だった自分が、白い産着でハイハイしていた。
向かう先には、ありし日の母親が、笑みを浮かべて哺乳瓶を差し出していた。
写真も母親も、とうの昔、失っていた。
今日は、ここを、ねぐらに決めた。

おりしも、その時、少年たちの怒声が響いた。
「おらおら。公共施設で寝てんじゃねーや」
打撃音と、打ち据えられた被害者の、くぐもった吐息が流れる。
「金目のものがあるなら、出しやがれ」
浮浪者狩りだ。
狙いは、年金や生活保護の支給されるIDだろう。
老人は、大儀そうに腰を上げた。
声のした方に、のたりと向かう。
繁殖期前の個体3体が、繁殖期越えの個体Aを、角材と足で打ち据えている。
個体Aは、額から血を流している。
「多勢に無勢ということじゃな」
個体BとCが叫ぶ。
「なんだと。邪魔するつもりか、じいさん」
「いい度胸だ。おめえも同類だろうが」
Cの振り下ろした角材は、老人のかざした左手に当たり、鋭い音をたてた。
左手は、鋼のような強度をもって、角材をはねのけた。

「この野郎、アスタリスク社の義手を着けてやがる。お金持ちってことだ」
2番手のDの角材は、左手に補足され、鋭利に切断された。
「囲んで、たたんじまおうぜ」
3人が間合いをとって、構えたが、老人は待っていなかった。
武器を失った一番手に張り手をかませて、後ろにまわり、首に左手をかけて、二人に向き直った。
たいていの人間は、義手が顔めがけてくるだけで、パニックに陥る。
何が起きるか予測がつかないからだ。
「仲間を大切にする心得はあるかな」
気道を圧迫しているので、押さえられた男はもがいている。
やがて、ぐったりして、老人にもたれてしまった。
「このまま、頸動脈を切断してお見せしようか」
BとCは、目を見合わせてから、走り去った。
仲間は大切でないようだ。

気絶したDを転がし、スマホをかざして,被害者Aの傷を確認した。
さほど深いものではない。
脅しが目的だから、傷はひとつだろう。
ポケットの小物入れから、縫合用の糸を出すと、左手で素早く縫合した。
とりあえずの処置としては上々だろう。
Dが起き上がり、そそくさと逃れた。
まったく、繁殖期前の個体は、手がかかる。
老人は、静かな月を見上げて、ため息をついた。
流れの早い雲がうっすらとかかっていた。

「ありがとうよ」
繁殖期越えの個体が呟いた。
「でも、あんた、手だけじゃねえな」
「。。ああ。ここにも、しっかり手を加えてある」
老人は、自分の頭を指差した。
視覚応答と反射スピードでも、未成熟個体に遅れをとらないということだ。
彼らの動き、すべてがスローモーションのように遅い。遅すぎる。
「たいしもんだ。つぎこんだな」
「仕事に必要だったからね。公費でついた、余禄さね」
老人は、群衆の映るカメラ画像からテロリストをマークアップする仕事をしていた。左手でカメラ操作、右手と声でマークという作業だ。
右手は、不器用なまま、残すことを選んだ。
今は、退役している。
「。。それで、ここへは、何しに来たんだね」
「いい空気を吸いたくてね」
「住みかはあるんだろ」
「ここが気に入った」
「物好きだな。物騒なところだよ」
老人は、先程のベンチに戻っていった。
ふたたび月を見上げると、クレーターが幾つか見分けられた。
クレーターは、愚かな人類を見て、笑っているようだった。

テクノロジーが人間を変える時代

発達障害という診断名が、統合失調症という診断名を凌駕しつつあります。この診断名は、シリコンバレーの優秀な家庭の子女に多く、母親に嫌疑をかけられた時代すらありました。
良いと言いながら、ダメという態度をとる、ダブルバインドという仮説です。

他方で、シリコンバレーでは、特異な才能を発揮する天才も輩出します。ビル=ゲイツやスティーブ=ジョブスです。彼らも、人間関係では、発達障害の傾向を指摘されています。

人工知能AIが、人間にとって替わるまでに発展させたインターネット。
2000年の時点で、すでに、半導体回路の専門家の情報を、専門書より簡単に入手可能にしておりました。世界の知識を集約すると宣言したGoogleという企業が検索業界に出てきた時代です。

今後も、テクノロジーが進化してきた時、真っ先に取り込むのは、素直な感性を持つ発達障碍者達でありましょう。
私の中で、知者とは、彼らニュータイプ発達障害者。
愚者とは、サピエンス健常者なのです。

知者と愚者

乾いた牛皮の匂いのする街を歩き
男はコロナビールで喉を潤す
くたびれはてたコート
ぼさぼさの髪をソフト帽に押し込んでいる
指先に短くなるまで燃え残ったシガリロ
日が暮れ、夕陽もやがて暮れなずむ
街路樹があかりを灯す
雪でも降れば良いのだが
クリスマスが近い
看板の無い道筋には店名を型どったネオンサイン
服飾店では、売り子がオシャレな娘に服を選ぶ
親子や恋人達がレストランで語らう
新居における壁紙の色と柄が真剣に議論される
そんな日常を眺めながら、男はバーのカウンターを離れた

男が向かうのは、ガラス張りのモダンなビル。
気のりしない面会の相手は、ここのペントハウスに事務所を構える、切れ者と言われるコンサルタント。
受付のお姉さんに、バッジを見せた。
「スナウトさんに、お尋ねしたいことがあるんです。私は、スタブロス警部。」
「令状はお持ちですの?」
「いいえ、任意のききとりですので。」
しっかりもののお姉さんだ。濃紺のビジネススーツもサマになっている。
ブレスレット型のインターホンでやりとりして、お許しが出た。

「はじめまして。スナウトさん。私はスタブロス警部。ロサンゼルス市警察です。」
スナウトは、若いが、やはりスーツに身を包み、隙がない。
髪は黒で、チックでしっかりと固めている。
スタブロスが手を差し出すと、シルクの手袋をしたまま、握手をした。
「はじめまして、ミスタースタブロス。おひとりで?さて、ご用件は?」
「はい。警察も人手不足でして。実は、この男をご存じ無いかと?」
警部は、写真をポケットから取り出した。
一緒に手袋が添えられている。
「これは失礼。最近は、冷え込みがひどくて。。」
スナウトは、失笑。
「ぞんじませんな。」
「この男は、臓器の密売人をやっていたようです。浮浪者を集めての、汚い商売です。何人か、死んでます。」
スナウトは、値踏みするように、スタブロスを見下ろしている。身長は10インチも高い。
「昨晩の死亡推定時刻は22時です。失礼して、帽子をかけて良いですか?」
「どうぞ。」
帽子かけには、鳥打ち帽がかかっていた。スナウトの服装にはマッチしない。
隣に、ほこりまみれのソフト帽が並ぶ。
「あなたは、国立医療センターの顧問をされているとか」
「正確には、センターの倫理審査部会の理事です。しかし、違法なことはしておりませんよ。もちろん、殺人もね。昨日の22時には、近くで上院議員達と会食をしておりました。サヴァティーニ、ここらでは、有名なレストランです。」
「現場なんですが。。。そのレストランからは100mと離れていないんですよ。」
「おっしゃりたいのは、それだけですか?会食は夜半まで続きましたが。」
「失礼ですが、左手を見せていただけますか?」
「結構ですよ。」
スナウトは、シルクの手袋を外し、左手を差し出した。
桃色に輝く、金属製の精巧な義手である。
「素晴らしい義手ですね。私の給料では、とうてい買えない。。。。実は、ガイシャの右手にアザが残っているんです。物凄い力で締め付けたらしい。」
スナウトは、話の途中から、壁のホームセキュリティパネルに目を向けている。
「ほう。しかし、この義手は、最近はやりの標準品です。近頃は、音楽家も両手を置き換えるくらいです。私のアリバイは完璧だし、検事総長とも友人です。あなたが、おひとりでお見えになったのも、不当捜査の疑いがありますが。。いずれにしろ、あなたの帽子に備え付けのカメラは機能しませんよ。この室内の変調波は、すべて無効化してますから。私の表情筋の反応は記録できません。」
「。。。」
「お話は、ここまでのようですな。ミス=サリー。お客人がお帰りですよ。」
「失礼。次回は、礼状を持って、参ります。」
スタブロスは追い返されてしまった。
上司も未承認だったのだから、致し方ないのだが。

無礼な客人が去って、スナウトはグラスにバーボンを注いだ。
机に載った藤の器に盛られたクルミを、左手にとり、指先で潰した。
確かに、ナイフをふりかざした男の手を、義手で潰したのは軽率だった。
しかし、警察の動きは封じてある。
スタブロスの訪問は、はねあがり行為に過ぎない。

スナウトは、ふっと、帽子かけを見た。
先月、親父が、ふいに訪れ、置き忘れた鳥打ち帽だ。
スナウトが幼い頃から、親父は愛用していた。
バーボンを飲み干した。
親父は、訪問直後に21階の非常階段から身を投げた。
ふいの、訪問。
話したのは、”様子を見に来た”だの、”仕事は楽しいか”という、他愛ない内容。
楽しいわけが無い。シンジケートで生き残るのは、簡単でない。

もともとは、理想を持って臓器ビジネスにかかわった。
しかし、金をとるか、死を選ぶかというシンジケートに屈してしまった。
殺し屋を送ってきたのも、黒幕は別グループの幹部だ。
私が死ねば、恐れている情報がどうなるか知らせて、手打ちは済んでいる。
情報は、臓器移植のついでに、通信自爆装置を埋め込んだ有力者のリストだ。
通信が切れると3分で爆発する。エネルギー源は、義手と同じ、電気鰻の細胞。移植者が生きている限り作動する。
誤爆も何度かあったが、シンジケートが、すべて揉み消している。

親父に、金を渡そうとしたが、受け取らなかった。
親父は、さっきの警部のように、うらぶれたなりで、一言つぶやいた。
「おまえは、世間を知らない」
そして、ドアを閉めた。

私の回りでは、皆、自殺していく。
妻も、2年前に服薬自殺した。
世間を知らないのは、彼らの方である。
この世界では、力が必要なのだ。
何もなしえない者は、死んでいく。

テーブルのへりをタッチすると、骨董品の楽器が姿を現した。
チェレスタだ。
左手の動きが、旋律を奏でた。
哀愁を帯びた、それでいて、澄みきって美しい短いフレーズ。
クルミ割り人形の、こんぺいとうの踊り。

ふと、思い立って、スナウトは父の鳥打ち帽を手に取った。
子供の頃、一緒に寝た朝、ベッドを包んだ、親父の臭いがした。
小さい頃、親父はよく、帽子のへりに10ドル紙幣をしまっていた。
小さく折り畳んだ10ドル紙幣を、親父は、自慢げに広げたものだ。

スナウトは発見した。
帽子のへりに、ビニール袋に納めた半導体チップ。
メモリのベアチップだ。
再生は難しくない。
情報屋をなりわいとしていた親父の、最後の情報。
高価なものかも知れない。

標準品なので、電源パッドの向きは間違えようがない。
安価な標準メモリを左手で破壊。
携帯電話のマイクロスコープで覗きながら、100ミクロンの半田スレッドでつなぐ。この左手は、とても器用だ。
右手の出番は、握手くらいしか残されていない。
ホームセキュリティのジャックに差し込む。
文字列が表示された。
2049 10 05 McKarthy 500
2049 09 21 Noguchi 800
…..
臓器の提供倫理規約の改訂をめぐる闇献金のリストである。
正義感の強い父親だった。
息子の不正を許せなかった。
しかし、公表も、讒言もできなかった。
なぜか
愛ゆえか?
あんな、愚図でぐうたらのアル中親父が。
昔は、警官をしていた。
しかし、逆恨みした犯人のせいで妻を死なせた親父。
何人か、人も殺さざるを得なかった息子を。
息子を守るために、死をもって、諫めたかったか?
ああ。あの妻も。
私の秘密を知っていたからなのか?
なに不自由ない暮らしで、薬におぼれるようになった。
流産した赤ん坊のせいと思っていたのだが。
なにも、わからない。。。
親父の言う通りなのかも知れない。

静かな変化がスナウトを襲っていた。
とても、静かだ。
左手を見つめ、今から、やりたいことを思い描いている。
クリスマスが近づいている。

++++++++++++++

”切り裂きスナウト”と呼ばれた男の消息は知れていない。
名前の由来は、クリスマスの夜に20人もの著名人の身体を切り裂いたことだ。起爆装置は、すべて3分以内に取り出され、破壊されたという。
義手メーカーは、さらに売り上げを伸ばしたが、そこまで多数の外科医需要は存在しない。左手プログラムのアプリは、歴史的な進歩を遂げた。