縦書きサイトのご紹介

wordPressを使用してまいりましたが
バージョンアップすると不具合が発生したり
いまひとつ、カスタマイズもうまくいっておりません

以下に、固定htmlの縦書きサイトを作成しました
http://mental.hustle.ne.jp/sf2/

InternetExplorer ver11のユーザはお試しください
スクロール量がいまいちですが、フォントは見やすくいたしました

chromeですと、リンクのクリック位置が一行ずれますが
それ以外は、なんとか見られます

FireFoxでは、残念ながら、使い物になりません

ゲーム障害

スマホゲームにのめりこむ人々が増えています。
一方、世界でも稀にみる急速な高齢化。
孤独が問題とされはじめました。

精神障害の人々は、ゲームにはまりやすい傾向があり、月に十万円の課金に至ることもあります。
新たな障害、ゲーム障害です。

しかし、私は、何でも障害とする見方には賛同しかねます。
はまりやすいということは、なんらかの効能があるから、はまるのだと捉えます。
高齢者を例に、その実態の究極の形を描いてみました。
孤独を癒す代替えツールとは、家族のシミュレーションに他なりません。

P。K。ディックの小説にも、パーキーパット人形というゲームにのめりこむ大人たちが描かれています。
シミュレーションがリアルの世界を左右する力を持てば、それは社会の脅威になります。
しかし、社会の不足を補う道具にもなりえます。
その場合、本人から見て、どちらがリアルでしょうか?
どちらもリアルのように思います。

ゆきのふりしきる工場にて

0。ことの始まり

私は、とある日に、このD市にある工場に赴任した。
簡単な説明が終わると、昼のチャイムが鳴り、人事部のAさんは、人の流れに乗って、食堂で食事をとるようにと言いおいて、そそくさと仕事に戻っていった。
食堂は、3交代のシフトになっていたが、Aさんと私は別のシフトだったらしい。
私は、人の流れにつれて歩みだしたが、食堂は別棟にあるらしい。
人々は、好みのメニューが売り切れるのを恐れて、走っていた。
たらたら歩いていた私は、はぐれて、踏み迷っていた。

突然に、霧の中から二つ目の怪物が現れた。
カマキリのようにカマをもたげて、迫ってくる。
私は、異様な恐怖を感じて道を譲った。
怪物は、巨大な除雪車だった。
北海道でしか見ないような、巨大な除雪車である。
気が付けば、私は、工場の敷地から、道路に追い出されていた。

雪の降りしきる中、戻り道を探さざるを得なかった。
ようやく、長く続く塀の間際に、鉄の階段を見つけて上った。
なぜか、鉄のバスケットのような場所で行き止まりだった。
突然に、、階段に戻るべくもなく、バスケットは揺れ始めた。
レールの上でバスケットは走りだした。
私は、「やっちまった」と感じたが、あとの祭りである。
近づいてきた可動式の運転台。ガラス越しに、そこに座るひげ面の運転員が、舌打ちするのが見えた。
サイレンがなり、バスケットは緊急停止した。
私は、威力業務妨害の罪で、警察に同行することとなった。

私の言い分:まったくの過失であり、意図したものでないというものだった。
すべて、馴れない工場の中に私を放り出したAさんのせいであるということにした。
制服を着た若い警官Dの意見:そのようなご託は、事態を説明しないばかりか、工場に対する悪意の表明とも受け取れると、ワープロを打ちながら、顔を曇らせた。
ほどなく、恰幅よくスリーピースを着こなした国選弁護人Cさんが現れた。
私は、再度、自分の見に起きたことを順をおって説明した。
弁護人Cさんの意見:自分が来る前に不利な証言をしたことは致命的であった。
それでも、案件を持ち帰って、善後策を練ろうと言う。
かくして、私は、生まれて始めて独居房の中に収まったのである。

身体検査で、スマホも腕時計もお預けとなり、時間の感覚を失った。
スマホがあれば、時間潰しなり、家族への連絡もとれただろうが。
やむなく、現在の風景を短歌に詠むべく、言葉を探した。
てつ格子 冷たく 家族を 思いやる 悲運ふりこむ ふゆの窓かな
音の切れ目が悪いが、こんな気分だった。
鉄格子 家族とへだてる 独房に 悲運ふりこむ ふゆの窓かな
これだと 直接的すぎてつまらない。
鉄格子 家族とへだてる 冷たきに 悲運ふりこむ ふゆの窓かな
こんどは、情景が合っていない。
そんなこんなで、時間をつぶした。
家族は、睡眠障害で夕刻まで目が覚めない妻と、8才になる息子である。
定時に帰宅して、私が食事の準備をするはずが、出来なくなってしまった。
妻はひきこもりがちで、買い物もままならない。
私は、何度もケータイを返せと叫んだが、公然と無視された。

やがて、隣の独房の囚人がうるさいと怒鳴った。
私は、沈黙した。
やがて、隣の房の囚人が、イヨマンテの夜を、ろうろうと歌いだした。
あーあーーああーあーー イーヨマンテー
周囲の囚人が、はやした。

そんなこんなで、月日は過ぎていった。
私は、体が衰えないように、腹筋と背筋、腕立て伏せを日課にした。
14日まで、朝食に必ず出てくる豆を並べて数えた。
一週間の切れ目を、何で数えようか、算段していた。
そして、ようやく弁護士が来た。

私は、矢継ぎ早に、述べ立てた。
妻と息子が飢え死にしかねないこと。
せめて、ケータイで連絡をとりたいこと。
なんなら、工場のAさんにも連絡して、訴えを取り下げるよう交渉したいこと。
イヨマンテの夜のこと。
豆の代わりに しじみの貝殻をカレンダーの候補に考えていること。

ひとしきり聞き取ると、今度は弁護士の番となった。
弁護士は、鞄に詰めたボルビックを飲みながら、つばを飛ばして語った。
「検事団は、威力業務妨害でなく、ソーラン罪の適用を考えているんですよ。」
どうやら、自分の手に負えないと言いたそうだった。
えんえんと法律用語が続いて、要領を得ない。
やがて、私は、話を追うのに疲れ始めた。
気が遠くなり、頭の中で、イヨマンテが響いていた。
「Bさん Bさん」
私は、体を揺すられて、目覚めた。
眠ってしまったらしい。
「話は、終わりましたので、今日は、これで失礼しますよ」
「あ。そうですか」
私が、正気を取り戻すいとまもなく、弁護士は帰っていった。

独房の生活は単調で、何もなく、私は、ぼけてしまいそうだった。
隣のイヨマンテは、作業とか入浴とか、集団で行くのに、私は政治犯扱いのせいか、何もない。気の毒に思った看守が、ノートとボールペンを差し入れたので、
私は、誕生から、ここに至る自分史を書き始めた。
ノートのお陰で、カビだらけの豆と貝殻は処分出来た。
自分史は、私が、断じて、政治犯でない証拠になるはずのものだ。

書きはじめは、こんな具合だ。
ーー
「私は、北の大地、S市で生を受けた。
しかしながら、気まぐれな神は、私が0才児の折りに、両親の夫婦関係を破局させた。
孤児となった私を引き取ったのは、伯父にあたる人物である。」

ここで、早くも私は行き詰まった。
伯父の職業は、野党の党員だったのである。
しかし、そんなことは、どうせ、すぐに調べがつく。
正直に書くことにした。

「伯父は、野党の党員で、家でも参議院議員の演説原稿などを書いていた。
しかし、私は、養子の引け目で、伯父の友人などにも、挨拶すらしない引っ込み思案だった。政治活動はおろか、人付き合い自体を拒否して引きこもっていた。」

ついつい、強い口調になってしまう。
しかし、必要なことだから、この調子にしよう。

「ある野党議員などは、あからさまに、私が養父母のどちらににも似ていないと指摘した。当時5才の私は、この議員を徹底的にシカトしたものである。」

うんうんと、自分にイイネした。

1。自分史の問題点

14日が経過した。
再び訪問した弁護士に、私は、にこにこしながら、ノートを差し出した。

弁護士の顔は、1ページ目で掻き曇った。
「これは、使えませんな」
「え。。。。。どうしてですか」
「この”気まぐれな神”というフレーズです」
「。。。おっしゃることが、わかりません」
「これでは、政治犯よりずっとまずい。
あなたは、無信仰な、テロリストということになってしまいます」
「私は、好んで孤児となったのではありません。神の気まぐれといわずして、何と言いましょう」
「アインシュタインも言っております。”神はサイコロを振らない”と。
どう言うかは、あなたの勝手ですが、これは採用できません」
「アインシュタインのその言葉は、量子力学の成立により、否定されたはずですが。。。」
「どのような局面で言われたかではありません。
傍聴人たちの心証を害すると言っておるのです」
「私がよく、説明致します」
「そんな機会があるとお思いですか。あなたは、思想犯の危険人物として扱われているのに。。」
「あなたは、とんだ石頭だ」
「コホン。。。いいですか。私は、あなたを、良き夫、良き父として立証しようと、やっきなのですよ。」
「。。。すみません」
「あなたは、非協力的です。今日は、ここらで時間となりました。
いいですか。次回までに、心を入れ換えてください」
今回も、失敗続きで、私は落胆した。
私は、200ページほど書いた自分史を破り捨て、反省を試みた。
反省する時間なら、たっぷりあった。

2。私は善きサマリア人

私は、看守に頼んで聖書を差し入れてもらった。
英語と日本語が対訳になった、贈呈版であった。
私は、自分の知る唯一のフレーズを開いた。
in the begining was the word
and the word was with God
and the word was God
イコール関係の推移則で、はじめは、神しかいなかったということだ。
私は、本を閉じて、思いを巡らした。

私が何を言おうと、彼らは、私を非難する。
私は、妻子を守るために、身の潔白を証明せねばならない。
何をなすべきか?
チェルヌイシェフスキーだ。
小説では、確か、女主人公が、時代の変化に先だって、封建的な結婚を
回避しようと戦った。
私は、どう戦えばよいのか?
聖書を読みふける善きサマリア人となること。
牧師のように、聖書からの引用で、私の言葉を受け取ってもらうこと。
二人のマリアの話など、どうだろう。
誰が、私に石を投げられようか?
人は皆、罪人なのだ。
いやいや、罪状を認めるわけではない。
六法全書のほうが良かったろうか?
いや、そんな高価な本は、とても差し入れてもらえない。
第一に、大学でも、法学は苦手科目だった。
教職試験の受験資格になるならと、受講したが、途中で投げ出したのである。
何なら、旧約聖書が良かったのか。
魚の胃袋から生還した、感動的なヨブの物語を思い出した。
しかし、やはりダメだ。
旧約聖書の神は、厳しく罰する神だ。
やぶへびとなってしまう。
そんなわけで、私は、次回の面接に備えて、聖書を精読したのである。

3。無罪放免

私が、2週間の間にと思って、聖書を学び始めた3日目に、私は無罪放免となった。晴れて、不起訴となったのである。
所長室の窓には、のどかな夕日がさしていた。
刑務所の所長は、不機嫌そうだった。
制服の腹部が競り出して、ボタンが弾け飛びそうだった。
ビスマルクのような髭を固めて、つばを飛ばしながら話した。
「Bさん。残念ながら、国選弁護士は、多忙にて同席できないことをお詫びしていました。
検察庁は、あなたをテロリストと見て、準備を始めましたが、何一つ証拠が見つからないまま、勾留期限を迎えました。
たまたま、拘置所に空きがないまま、刑務所で預かるのは非正規の扱いだったとご理解下さい。
そこに、日当が入った封筒があるので、額面をご確認下さい」
当然と言えば当然の展開である。
「しかしですぞ。私は、あなたに、二度と戻っていただきたくない。
我々のした、処遇に関しての不平も聞きたくないのですよ。
そこで、私のポケットマネーから、ご自宅へのタクシー代を提供します。
封筒の隣のチケットです。
あなたの私服は、当所の作業部門でクリーニングしてあります。
ケータイと、財布のたぐいが、下のバスケットに入っております。
ケータイの充電はしてあります。
残念ながら、料金未払いで、停止されたようですが」
所長は、一気にまくしたてると、ドアの方に右手を振った。
出ていけという意味だろう。
わけの分からぬまま、扉を開けると、いつもの看守が待っていた。
その場で、服を着替え、私は刑務所の門まで、導かれ、出口に待っていたタクシーに乗り込んだ。

4。自宅の惨状

自宅のアパートに戻り、鍵を開けると、中は、やはり無人だった。
タンスの引き出しは、床に引き抜かれ、めぼしい衣類を大急ぎで抜き取った後が見てとれる。
テーブルに置き手紙があった。
妻の母親が来て、孫と娘を引き取ったのである。
一度きりしか行ってないが、岐阜県の片田舎である。
置き手紙には、二度と娘たちにかかわらないように、走り書きしてあった。
婿が、テロリストと聞いて、パニックに陥ったに違いない。
ケータイに記録していた番号を探し、家の電話で、かけてみた。
出ない。3回試みて、今度は、5分してから番号非通知でかけた。
つながった。
「もしもし、Bです」
「手紙に書いておいたんですがね」
「無実です。現に、不起訴となり、出所してきました」
「それは、よござんした」
そっけない。
「もともと、孫たちのことを心配していたんですが、ずいぶん、お腹をすかせてましたよ。あんな、ひもじい思いをさせる方とは、思いませんでしたよ」
「警察から、連絡手段を奪われて、仕方なかったのです」
「なんにせよ、しばらく、こちらで預かりますからね」
「妻と話をさせてもらえませんか」
「まだ、今は無理ざんすね。引っ越しの時も、叫んで大変でした」
「妻に、私の無事だけでも伝えたいのです」
「私から、良い折を見て、伝えます。ま。悪い話とは思わないでしょう」
「当然です。私は、まったくの無実ですから」
「警察からは、採用当日に、工場の施設を破壊しようとしたと教えられましたよ」
「それは、道に迷っての失策を誤解されたのです」
「誤解されるような、うっかりした方には、孫たちを、お任せできません。
食事の準備があるので、これで失礼しますよ」
切られてしまった。

夕日差すベランダで、私は、深呼吸した。
まだ、北風は冷たく、馴染み深い景色も楽しめなかった。
からだは冷えきっている。
エネルギーが尽きたように感じ、私は、ベッドに倒れ込んで眠った。

5。夢

久しぶりの自宅で、私は久しぶりに夢を見た。
以前の職場なのだが、まるで学校のような雰囲気だ。
終業のチャイムが鳴り、私は、掃除当番が机を一斉に壁に沿って並べる中、教材を鞄に放り込む。くすくす笑う女子、ほうきを剣や槍に見立てて遊ぶ男子。
上司が、にこりともせず、まじめな顔で、呟く。
「使えない男だ」
どうやら、私のことらしい。
この職場に、私は合わない。
そう思った。
こんな子供じみたことが、日常なのだから、仕方ない。
別の上司が、私に助言する。
「Bさんはね。職場の相性を気にするけど、そんな考えでは、どことも合わないよ」
思いやりある上司だが、結局は、違和感が拭えない。
夢の中だから仕方ないと、思った。
有能な部下が言った。
「Bさん。辞めるらしい」
いつもマイペースな部下が応じた。
「やっぱりね」
「奥さんのことで大変みたいだから」
妻のことを、何で知ったのか?
有能なら、そのへんもアンテナが張っているのか。
「今度の人事では、うちの課長が部長に昇進するらしい」
「へええ」
人情家で、頭も切れるので、当然だろう。
なぜか、学校の景色が、会社に変わっている。

目覚めた私は、暗闇の中、起き上がり、インスタントコーヒーを飲んで、シリアルをつまんだ。牛乳もヨーグルトも、賞味期限を過ぎているので、仕方ない。
TVのスイッチを入れると、白馬山系の空撮映像が流れていた。
場面は、次々と推移し、大雪山の鳴きウサギも登場した。
流れ行く風景に、私は、時を忘れた。

朝のワイドショーが、中華料理のレシピを伝える頃、私は、会社に電話した。

「私はBと申します。人事部採用係のAさんをお願いします」
「少々お待ちください」
 話題のひと、Bさんだよと、聞こえる。
「お待たせしました」
「私は、1か月前にお会いしたBと申します。お覚えでしょうか。」
「はい。良く存じ上げておりますよ。まことに、残念ではありますが、雇用契約は凍結されております。私としても、手を尽くしたのですがね。
なににせよ、不起訴となり、おめでとうございます」
「はあ。伝わっておりましたか。凍結と言いますと、、、いつまででしょうか?」
「それが、このようなトラブル事例にあっては、私の上司も、上の判断待ちなのです。なんでまた、資材搬入装置なんかに乗り込んだんですか」
「それが、私も慣れない工場内から、除雪作業を避けて押し出され、なんとか戻ろうとして、失敗したのです。お騒がせしたことは、幾重にもお詫び申し上げます」
「私も、そんなとこだろうと思いました。あなたのお人柄を疑ったことは、ございません」
「私の方でも、妻子が実家に引き揚げられてしまい、現状復帰まで、時間が必要な状況です。
あなたを見込んで、お願いするのですが、復帰可能なら、私のケータイに連絡を頂きたく思います」
「了解です。私も、お役に立ちたいと思っていたところです」
「それでは、失礼いたします」
「失礼いたします」

こうして、通話が終わってから、私はケータイ会社のショップに直行した。
ガラス張りのオシャレなショップでは、黒づくめのツーピース、美人の接客係員が相手をしてくれた。ターコイズ色のネールに、凝った蝶々の絵があしらわれている。
付属品のケーブルを勧められたが、断った。
100円ショップで買える品が、数千円で売られているからだ。
先月の料金を支払うと、すぐにケータイを復活してくれた。

さっそく、妻のケータイにかけたが、5回かけても、妻は出なかった。
さすがに、非通知の手は使わず、1時間後にかけなおすことにした。

ハンバーガーショップに入り、カフェラテを注文した。
ドリンクチケットが財布に残っていたからである。

6。ハンバーガーショップにて

ハンバーガーショップのコンセント付きの席は埋まっていた。タブレット端末やパソコンを繋いで働く人が陣取っていた。
私は、どちらも持たないので、奥の席に陣取った。

ケータイの充電は十分なので、ゲームを始めた。
”ニコレット家の人々”というゲームだ。
家族を育成して、様々なアイテムを獲得し、家族のスキルを上げていく。
やがて、収入もあがり、子や孫も増えていくというものだ。
しかし、私の家族は、まだランク外で、チームワークのスキルも低い。
時々発生するイベントでも、ガラクタしか獲得できずにいる。
様々なガラクタは、換金出来るが、食費や気分転換の行事にメリハリが無いと、病気になって、思わぬ出費を招く。
今回のイベントでは、思わぬラッキーメンバーが娘の誕生パーティに現れ、娘のラッキーポイントが上昇して、ボーナスを獲得した。
娘に、TV出演のチャンスが訪れたのだ。
私は、娘に、思いきり可愛いフリル付きのブラウスを着せ、ヒダヒダの短いスカートを合わせた。
娘は、与えられた振り付けで踊り、歌った。
勾留期間中に蓄えたヒットポイントをつぎ込んだ。
ステージの上の娘は輝いた。
やがて、ステージは終了。

観客の受けは良かったが、プロデューサーから、再度のオファーは無かった。
キャラクターが月並みだったせいで、司会の質問にうまく答えなかったからだ。
しかし、我が娘の知性スキルは月並みなので、愛らしさで戦うしかなかったのだった。
それでも、我が娘の愛くるしさに、夢中になっている自分が居た。
主人公に設定した夫は、職業も冴えない中古車営業マンなため、収入も中流でしかない。
娘は、我が家の希望の星なのだ。
次回のチャンスまで、蓄えを重ねるしかない。

そんなことで、1時間は、あっというまに過ぎた。

7。妻との会話

私は、前の発信から1時間12分経ってから、リダイアルした。
今度は、2回コールした後でつながった。

「もしもし。僕ですが。昨日、不起訴で出所しました」
「あなた。なつかしい声。母から聞きました」
「お母さんは、しばらく預かると仰有っていたけど。。。」
「母には、母の考えがあるようなの。孫を近くに置いておきたいのよ」
「そんなこと言って。家族が離ればなれに暮らすのはおかしいよ」
「あら。おばあちゃんも家族よ」
「おばあちゃんは、そこを離れるつもりはないだろう」
「あなたが、こっちに来れば済むことよ」
「工場との契約は確認中だけど、凍結になっているらしい」
「なら、尚更、そこに居る理由はないでしょ」
「もともと、こっちで君と出会い、ここで生活を始めたじゃないか」
「今となっては、どうでも良いことだわ。私も、Fも、ここに馴染んだの」
「確かに、ここの暮らしは、君にストレスがあったかもしれない。しかし、君の田舎は、僕にストレスになりそうなんだよ」
「それは、あなたの問題でしょ。私は、あなたのお荷物になるより、こっちの方がのびのび出来るの」
「はっきり言って、君のお母さんが、私に冷たいのが、困るんだよ」
「それも、あなたの問題でしかないわ」
「わかった。明日、そちらに向かうよ」
「健闘を祈るわ」
「じゃあ、明日」
「待っているわ」
ここで通話は終わった。

あの母親に対応すると考えるだけで、気が滅入るが、ほかに手はなさそうだ。
技術者としての私の技能を活かす職場が、あんな田舎に無いのも明らかである。
妻は、私を選ぶか、故郷を選ぶか、、、正直、自信は無い。
私は、JRの駅に向かい、緑の窓口に並んで、チケットを購入した。

駅前の牛丼屋で、野菜の多いメニューを選び、夕食をとった。
のどかな街並みは、買い物客が一段落し、通勤帰りとの狭間の時間帯だった。
小学生たちが帰宅を始めている。
制服を着ているところを見ると、付属小学校に、電車で通学しているのだろう。
Fが入学するには、難関かもしれない。
Fも、ニコレット家の娘と同じく、知性面のスキルポイントが標準並みなのである。親としては、せめて、標準に達していることを喜ぶべきだろう。
私に似たのか、理科が好きで、体育が苦手なのは、妻に似ている。
私も、得意とは言えないが。。。
Fと会えることを考えながら、田舎への土産を探して、愛想の良い店員に勧められた菓子を購入した。老人でも食べられそうな、柔らかめのブランデーケーキである。
確か、前回も妻が選んでいたが、あいにく、同じメーカーのものは、ここに無い。確か東京駅で購入したのだった。
今回は早朝なので、ここで買うしかない。
この町に居れば、そこそこ快適だが、あいにく、田舎暮らしは経験が無かった。
最初の就職の、工場実習先に似た雰囲気の場所である。あの2週間は、トランジスタラジオで聞く音楽だけが気晴らしだった。
独身寮の卓球も麻雀も、そこそこ楽しかった。あいにくゲコの自分に、毎日の飲み会は退屈で、すぐに眠くなったものである。
問題は、退屈どころか、あのお姑さんの元では、落ち着かないことだ。
妻は姑の言いなりで、早くに夫を亡くしたおばあちゃんに、歯止めは無い。
ケータイゲームなど、目の前でやってみようものなら、罵倒されること請け合いである。

そんな思考実験を続けるうちに、気分は、勾留期間中よりも沈んできた。
安いジンとライムを購入し、ジャズ喫茶で馴染んだ、唯一のアルコールであるジンライムを作ることにした。
どうせ、一杯で寝てしまうから、つまみは、ナッツだけにした。
先行きの現金を残すため、好物のカシューナッツでなく、ミックスナッツである。
明日の出発は早い。
夕闇に沈んだ帰り道を、とぼとぼと帰った。

8。旅行

旅立ちの日は、あいにくの雨だった。
まだ暗い夜道を歩き、一番か二番の電車に乗り、東京駅に着く頃、陽が昇り始めた。新幹線に乗り換え、新横浜駅で、シュウマイ弁当を購入した。
東京駅でも、車内販売でも買えるが、横浜駅で買うのが、こだわりだ。
昔、兄と鈍行列車を乗り継いだ旅行を思い出す。
(兄は若くして妻子を残して死んだ)
マス寿司、釜飯などは普通に食べるのと違う。
駅弁は、それぞれの駅に名物弁当があるのだ。

富士山を見ながら、シュウマイ弁当を食らう。
ここに醍醐味がある。

弁当を食べ終えると、一仕事した気になり、ケータイゲームを始めた。
主人公の私が、勾留期間に休み勝ちだったせいか、妻が過労で寝込んでしまった。
私の営業成績もふるわない。
貯金は、娘のTVデビューにかけすぎて、底をついていた。
通常は8時間ごとのワークを、2時間ごとのワークに切り替える。
設定変更中に、リアルな工場から電話があった。
「X製作所Y工場の人事部Aです。Bさんでしょうか」
「もしもし、Bです」
「上の方の決済文書が、先程、降りてきました」
「どうだったでしょう」
「それが、まことに残念ですが、契約は解除という扱いになりまして」
「はあ。それは、私も残念です」
「つきましては、勾留期間の1ヶ月の給与は、当社から支給すべきだということで、早急にBさんに送金させていただきたいと思います」
「それは、どうも、ありがとうございます」
「たいして、お力になれず、申し訳なく思います」
「いえいえ。Aさんのお力添えは、今後も身の励みになります。短い間でしたが、お世話になりました」
「まったくもって、残念です」
「ご多忙中、ありがとうございました。失礼します」
「失礼します」
やれやれ、予想はしていたが、ついていない。
私は、お姑を説得する材料を、また一つ失った。
妻も味方していないのに。

さすがに新幹線は、速い。
するすると、岐阜羽島駅に到着した。
ここから、バスで山道を登る。
2時間に一本のバスを待つため、コンビニのコーヒーを飲んだ。
駅前は人通り少なく、寂しい。
コンビニの店番のおばちゃんも退屈そうだ。
おそらく、店長の家族が店員なのであろう。
赤い縁の老眼鏡をかけ、分厚い文芸誌を開いている。
”円空生誕の地。岐阜へようこそ”という石碑がロータリーの中に陣取る。
知らなかった。
地味な仏像が目に浮かぶが、12万体となれば、材料探しだけで大変だったろう。
前回は、子連れで、観光する間も無かった。
駅につくなり、早々に、妻のいとこが待っていたバンに乗り込んだのが、前回の旅であった。

9。妻の実家へ

山道を登るバスに、ぐわんぐわん揺られながら、舗装すらされていない道路のバス停に降り立った。時刻表の印刷は、風化して剥がれかけている。
何年も変わっていないのであろう。
あたりには、木が繁り、鳥が鳴いている。
ピーィッ
きれいな羽色の小鳥が木の葉隠れに見受けられた。
確かに、自然は素晴らしい。
しかし、ここから15分ばかり、山道の登りが続く。

なんという不運な人生だろうか。

汗だくになって、開けた住宅地に辿り着いた。
ここだけ舗装して、「どうです、田舎じゃないでしょう」と言わんばかり。
しかし、郵便局すら、自動車で5分も下らねばならない。
コンビニは、更に下にあり、買い物は宅配に頼っている。
なんでも、別荘として購入した家も、あるそうだ。

チャイムを押して、しばらくして妻が出た。
息子は学校であろう。
私には、懐かしさがある。
妻の表情は、さえない。
あまり、歓迎されていない様子である。

10。家族会議

いきなり居間に通された。
もとより荷物は少ないが、お姑さんが鎮座ましますテーブルに、お茶の準備がされている。
やぶきた茶と思われるが、冷水から始めて、徐々に暖かい湯にくぐらせる。私としては、渋ーいカテキン茶が好みだが、好みを言う余裕は与えられない。

やっと、雑味ゼロのお茶が出され、私は、かしこまって頂く。
「結構なお茶でした」
「そうでしょう。山あいでとれる一等茶ですからね」
「息子と妻をお世話いただき、まことに助かりました。ありがとうございます」
「世話をするのは、ともかく。まったく、たいそう慌てましたよ。いきなりですから」
「私の方は、連絡手段を奪われて、さんざん騒いでも、ケータイを返してもらえなかったのです」
「それで、もう、大丈夫なんでしょうね」
「それはもう。身に覚えの無い嫌疑でしたから、不起訴は当然です」
「職場は、どうなったんざんすか」
「先程、連絡がありまして。残念ながら、契約解除になりました」
「そうでしょうとも。警察から電話があった時は、心底驚きました。
弁護士さんの話も、要領を得ませんでしたからね」
矢継ぎ早のやりとりに、妻は、いっさい参加してこない。
すべて、母親に任せているのであろう。
ずっとうつ向いて、テーブルを眺めている。
ここには、役立たずな国選弁護人すら、居ないのだ。

「それで、今後のことは、どうするつもりざんすか」
「それなのですが、一度、神奈川県で立て直したいと考えております」
「立て直すと言ってもねえ」
「Fもスポーツ少年団に参加してましたし、妻の友人も居ることですから」
「娘のことより、第一に考えるべきは、Fのことでしょう。スポーツ少年団の野球も、万年補欠だというじゃありませんか」
「しかし、2年間やってきたことですし、途中で辞めさせるのは、もったいないと思います」
「あら、こっちの草野球で十分満足しているみたいですよ。都会の野球は、こっちと違って、競争が激しいみたいで、Fには、どんなんざんしょ」
「しかし、いつまでも、お婆様におすがりするのも、どんなものかと」
「見くびっておくれかい。可愛い孫の一人くらい、何とも思いませんよ」
「いえ。そんな意味ではなく」
「ほかに、どんな意味がおありだい」
「お婆様の、築き上げられた生活がおありだろうと思うのです」
「何を言いますか。窮鳥ふところに入らずばと言いますよ。
あなたの方こそ、余裕が無いざんしょ。
一ヶ月の間に、Fの転校手続きも済んでいるのですよ」
「そうでしたか。。。。」
痛いところを突かれた。
現状復帰というには、遅すぎたのである。
「。。。Fの意見もまじえて、長期的な視野で、決めたいと思います」
「そんな。小学生に、考えろと迫るのは、おかしな話ですよ。親として、無責任です」
「Fも混乱していると思うので、そこを大事に見てやりたいのです」
「わかりました。あなたも、1か月ぶりの息子を見ないと、落ち着かないでしょ」
「ありがとうございます。杞憂であれば良いのです」
ここで、やっと、放免された。

11。息子の変貌

ケータイゲームをするわけにもいかず、息子の帰りを待つ間、私は庭を見物したいと申し出た。ついでだから、ビニール軍手を出してもらい、雑草刈りを申し出た。
春の風は、まだ冷たいが、うららかで日差しが強い。
スコップを見つけて、せっせとタンポポ狩りをした。
1時間もすると、大量のタンポポが集まった。
頃合いよく、玄関に人の気配がした。
Fは、友人を連れてきたらしい。
するすると、居間に入っていったので、後始末をして、あがることにした。

「お疲れさまでした。うちは、男手が無いから、助かるわ」
珍しく、おほめに預かることとなる。
Fと友人が、一旦荷物を収めて、居間に戻る。
Fと一緒の友人に、私は目を疑った。
「はじめまして、Mと言います」
礼儀正しいのは、ともかく、激しく美形である。
最初、女子かと見まがうばかり。
声も、アルトの少女と言って、差し支えない。
くっきりした二重瞼の瞳は、こぼれんばかりに大きい。
「ケーキがあるから、そこで、二人でおあがりなさい」
姑が、リビングに座るように勧める。
二人は、静かに食べ始めた。

ひきこもり勝ちだったFはと見ると、むっつりして、時おりMを盗み見る。
まるで、恋人のようだった。
本当なのか?
確かに、私も、幼少時は、年上のお姉さんに、憧れた。
暖かい感情は、小学校の低学年でもあった。
しかし、これは、男の子だ。
まったく、意表を突かれた。

これは、カミングアウトなのか?
私は、急変する事態に、またも混乱した。

ケーキを食べ終えたFは、TVを見ながら、Mの手を握っている。
Mは、いやがりもせず、微笑んでいる。
Fは、まるで、有頂天だ。
姑は、黙って観察している。
妻は、息子の上機嫌を、恥ずかしげに、見やっている。
私は、卒倒しそうだ。

息子に確認しようと考えていた、”寂しくないか”などの質問は、飛び失せた。
言葉を失った。

夜になって、私は、妻に尋ねた。
「毎日なのか?」
「最近は、一緒が多いわ」
「ほっておいて良いのか?」
「あの子は、元気になった」
「あの子の親御さんは?」
「隣町の、けっこうな名士のようよ」
質問攻めになってしまう。
「悪いが、驚いているんだ」
「私も、最初は、驚いたわ」
そこから先は、一人で考え込んでいた。
私の未来は、順風満帆といきそうに無い。

12。夢

私は、ふたたび夢の中に居た。
場面は、いつもの職場のような、学校のようなところだ。
廊下を歩いて、何か、急いでいた。
誰かに呼び出されたようだ。
ふと、見下ろした先に、思いがけず赤い花を発見した。
私の夢は、そこで途切れた。
体が動かない。
金縛りというやつだ。
しばらく、もがいてみたが、要領を得ない。
後ろに回した手に、何かが触れた。
私は、それが、Fの友人の美少年Mの手であると確信した。
いや、美少女なのか?
それは、暖かく、柔らかだった。
私は、幸福感に満たされて、起き上がった。
赤い花のイメージとMの手の感触が残った。
ベッドに妻の姿は無かった。
やはりMだったのだ。

散歩に行くと言い置いて、私は隣町に向かった。
朝の太陽は、まだ熱気を帯びておらず、心地よい。
休日なので、人通りも少ない。
スマホで検索してMの家を見つけた。
意外と、普通の家並みに、少しだけ大きめの構えの家だった。
敷地の入り口に、バラのからまるアーチがしつらえてある。
バラはまだ、蕾の状態で、花の色は分からない。
窓を見上げて、驚いた。
Mが窓際に立ち、私のほうを見ている。
思わず、電柱の陰に歩み寄った。
心臓がどぎまぎした。
これでは、まるで不審者ではないか。
私は、ただ、息子の友人がどんな家庭で過ごしているのか、確認したかっただけである。そう、思いながらも、後ろめたさに戸惑った。
Fは、私の分身であるのか?
そんな疑念がよぎる。

高校時代に、一度だけ感じた感覚が甦る。
階段で、すれ違った生徒が、はっとするほどの美少年だった。
ただ、それだけ。誰かと詮索もしなかった。
女性ではないかと、見返したのだった。
真と善と美。その中で、真理の探求が自分の本性と見定めていた頃の、
束の間、美に引き付けられた一瞬だった。
”ベニスに死す”の主人公は、髪を染めた。
美少年に会いたいと焦がれた。
疫病はびこるベニスに残った。
私に、その傾向は無いと思っていた。
どうだろうか。
わからない。

13。交渉

思い悩んだ末、私はFを味方に引き込む努力を始めた。
消去法に過ぎないが、逆転しうる唯一のポイントと言えた。
半ば公然の失業状態にある私には、時間がたっぷりあった。
学校帰りのFを通学路でつかまえ、話を持ちかけた。
この日は、都合よく、Mは一緒でなかった。
「提案があるんだ」
「。。。なあに」
「これからの生活だが、やはり、おばあちゃんには、いつまでも負担をかけられない。神奈川に帰るべきだと思うんだ。
もちろん、お母さんも、君も、ここが気に入っているのは分かった。だから、夏休みとか、冬休みに、おばあちゃんを慰めに訪問するのは、どちらにも良いことだ」
「。。。訪問」
「そう。定期的に来るようにしよう」
「学校も、戻るの?」
「そう。我が家は、神奈川に残っているわけだし、お父さんも、あっちの仕事のほうが、皆を養っていける」
「ここでは、無理なの?」
「そう」
「僕は、ここがいい」
「ずっとは、無理なんだ」
「スポーツ少年団も嫌だ」
「わかった。嫌なものは、辞めたらいい」
「Mともお別れすることになる?」
「いつでも、会えるさ」
「お母さんも賛成なの?」
「お母さんには、また、別の事情もあるから、これから交渉する」
「お母さんも賛成なら、仕方ない」
「それなら、こうしよう。
今約束したことを、3人で話し合おう」
「わかった」
多少、無理な誘導があるものの、話の糸口は作れた。
こうなれば、妻の条件を聞くまでだ。
二人で話し合うより、Fも承知の前提であれば、切り出しやすい。

この日は、妻が出掛けており無理だったが、翌翌日には3者会談の機会が訪れた。翌日は、Mが一緒であったので避けた。
まず、妻に切り出した。
「今後のことで、Fと3人で、話がしたいんだが、今でいいかい?」
「あら。いいわよ。おばあちゃんが帰るまで、食事の仕度は始まらないから」
「Fも、いいかい」
リビングで、TVゲームをしていたFに声をかけた。
「いいよ」
すぐに、ストップボタンをかけて中断した。
こういう、素直すぎるところが、逆に私に似ているようで、心配なのだが。
この場合は、ありがたい。
「こないだ、話したように、おばあちゃんに負担をかけるのは、夏休みと冬休みだけにしよう。お父さんの仕事が決まったら、皆で神奈川に戻るんだ。」
妻が割り込んだ。
「そういうこと?Fは、本当に、戻りたいの?」
「お母さんがそうするなら、戻るよ」
今度は、私の番だ。
「あとは、君の条件も聞きたいんだ」
「私?私は、ここの方が気に入ってるけど。こっちでのハローワークの求職はどうなの」
「ここの通勤圏で、私の技能に見会う職種は無いんだ。
ハローワークの求人は、土木作業や介護職員で、とても家族を養えない。
Fの将来のためにも、神奈川の進学校に入ったほうがいいじゃないか」
「おばあちゃんの年金のほうが、安定しているんじゃない?」
「年金は、おばあちゃん一人の生活費だ。いつまでも、甘えるわけにいかない」
「そうねえ。年に2回の移動かぁ。仕方ないかな。。おばあちゃんには、いつ話す?」
「僕から、今日の夜にでも話してみるよ」
「そう。健闘を祈るわ」
私の必死の気分が伝わったのか、まずまずの首尾だった。
しかし、油断できない。
妻は、いつも、熟考してから条件を出してくる。
それが、どんな形をとるのか、神のみぞ知るということだ。

お姑への説明も、意外と平静に終わった。
二人の同意住みという形が奏功したが、こちらも、お手並み拝見という風情だった。またぞろ、就職でトラブるんじゃないかという、疑心暗鬼である。
口には出さなかったが、想定の範囲であった。

14。凶行

私が、岐阜から神奈川へのハローワークの移管手続きを済ませ、家路を急いでいた時に、妻から連絡があった。
信じがたい事件が起きた。
MがFの頭を、ハンマーで殴打したというのだ。

それは、いつものように、Mと一緒に下校した時のことだ。
仲良く遊んでいたMがいきなり、声を張り上げ、裏切り者と叫んだという。
気づいたら、頭から血を吹き出して、倒れているFが居た。
ハンマーは、私が庭の柵の修繕に使って、一時的にリビングのサイドボード上に置いてあった。
Mは、ハンマーを捨て、外に出ていったそうである。
妻は、ただちに救急車を呼んだ。
電話は、救急車からかけたものだった。
私も、妻の指示した病院に向かった。

病院の手術室の前で、妻とお姑が座って、明々と灯る手術中のサインを睨んでいた。
「命には支障しないそうよ。だけど、後遺症が出るかどうかは、様子見なんですって」
さすがに、涙目になって、妻が呟いた。
「どうして。。。」
「私にも、訳がわからない。仲良く遊んでから、ひそひそ話してただけ」
「引っ越しの件かな?」
「わからない」
「Mは、どうなった?」
「わからない。飛び出していった。さっき、警官が来た。ただでは、済まないでしょう」
「前にもあったのかな?」
「わからないと、言ってるでしょう」
妻の声が大きくなった。
そこで、私も口を閉ざした。

私が考えていたのは、ハンマーがMにとって、特別な意味を持っていたかどうかであった。私自身、自分のせいなのか、
自分が妻から攻撃されないか、心配であった。
杞憂とわかっていても、つい、考えてしまう。
コクトーの”恐るべき子供たち”に描かれた、雪玉に隠された石の象徴するもの。
ううむ。考えすぎだが。。。
たとえば、私も、あの資材搬入装置に出会わなければ。。。
もう、やめよう。
Fの将来に、集中しよう。
問題は、後遺症が出た場合だ。
生命に支障しないとは、延髄や小脳に及んでいないということだ。
言葉が出なくなったり、理解できなくなったなら。。
書けなくなったり、感情が消えたら。。
将来、就職ができない場合。。
結婚も無理だろう。
ああ。これも、きりが無い。

結局、私は、次のように決めた。
まずは、妻とおばあちゃんを、できるだけ支えていこう。
私自身のことは、一時、先送りだ。
それが、Fを支えることになる。
とりあえず、自販機を探して、二人に飲み物を勧めた。
妻は、泣き続けていた。

15。Mの探索

Mのほうは、やはり、行方不明となった。
警察は立ち回り先をあたったが、深夜に至っても、家には帰らず、
次の日から、山林捜索ということになった。
ヘリと捜索隊が動員された。
凍死するほどではないし、熊なども出ないが、自殺の危険があるとされた。
ハンマーは現場に遺棄されていたが、平静な状態でないのは確かであろう。
目撃証言も無いまま、水の補給可能な箇所を絨毯爆撃のように捜索した。
3日目に、営林署の山小屋で、休んでいるところを保護された。
精神科に収容され、精神鑑定が行われた。
精神科の通院歴は無かったそうである。
結果は、不起訴となった。
地元の名士である父親の圧力があったかどうか、定かでは無い。
妻も、私も、異議を申し立てることは無かった。
何よりも、息子自身の状態に、安堵していたのが大きかった。

手術は、3時間に及んだが、翌日まで、面会は、かなわなかった。
病院を引き揚げて、自宅で休んでから、翌朝に病院で説明を受けた。
主治医は、せんの細い、神経質そうな中年で、白衣には、汚れが目についた。
時おり、眼鏡が気になるのか、ずりあげてカルテを見ながら、ホワイトボードに絵を描いた。
「お子さんの脳は、左側頭部から頭頂部にかけて、打撃を受けて、頭蓋陥没に至りました。
。。。初期においては、脳震盪による失神がありましたが、今朝の検査では、異常が見られません。
出血量は、心配されたでしょうが、対応の早さもあって、これも、問題ありません。
今朝は、検査後に、朝食をとり、質問に対する応答も、しっかりされてました」
私が、まず、心配事を伝えた。
「後遺症の心配は、いつまで続くのでしょう」
「現状で判断は出来ません。我々が心配したのは、外傷によるものより、内部への衝撃の影響です。
頭蓋は守られているので、外傷は小さく、失神により、苦痛も小さかったと推定されます。生命活動に、影響が軽微だったのは、幸いです」
「いつになったら、息子に会えますか?」
「今日の午後にでも、お会いになれますよ」
心持ち、口を歪めた、笑顔らしきもので、主治医は結んだ。
息子の寝たきり生活を覚悟していた私たちは、あっけにとられた。
すでに、一般病棟に移されたという。

16。Fの証言

私たちは、病院の食堂で食事を摂り、午後に、Fと面会した。
ただ、ナースステーションで、時間は5~6分と制限された。
一般病棟である。6床あって、3床は空いていた。
他の患者は、1床がカーテン閉めきられ、1床はTVでラグビー観戦している中年男性だった。カーテンの先の窓際に、Fが本を開いていた。
窓辺には、桜が咲いていて、晴天にあでやかだった。
庭に人気が無いことが、恨めしいくらいだった。
本は、病院の図書であろう。大版の昆虫図鑑だった。
私から声をかけた。
「やあ」
「。。。」
Fは無言で、本を閉じた。頭のギプスが痛々しいが、いつものFである。
妻が、涙声で訴えた。
「心配したのよ。どう?平気?」
「少しぼんやりする。先生が、麻酔のせいだと言ってた」
「痛くはないのね」
「うん。朝食は、どろどろのおかゆだったけど、硬いものを噛むと、少し痛い」
おばあちゃんが、言った。
「しばらくは、静かにしてるこったさ」
「わかってる」
どうやら、後遺症の気配は、無いようだ。
「何か、ほしいものは無いかい」
「ゲームボーイを持ってきて」
「わかった。長く話すと毒だから、今日は、これで引き揚げるが。明日、持ってくるよ」
「ところで、何で、Mは、こんなことしたんだ」
「わからない。引っ越しの話をしたら、突然、裏切り者と叫んだよ」
「そうか。嫌なこと訊いて、悪かったな」

Mの捜索が続いていたので、翌日は、警察の事情聴取が入った。
休憩をはさみながら、5時まで実施するとのことだった。
5時までとは、警察も、お役所なのだと感じた。
ゲームボーイは、しばらく控えるように、ナースステーションで没収された。
異常は見当たらないという話で、私は引き揚げた。
私は、運が悪いばかりだが、Fは強運かもしれない。
不幸中の幸いというやつだ。
それにしても、Mの消息が案じられる。
殺してしまったと信じているなら、自殺も、かえってFの負担になるからだ。
あらためて、FとMの関係性を案じている。
Fは、どう、整理をつけるのだろう。

17。不確定ファクタ

Mが無事に保護されたことで、一区切りがついた。
しかし、私は、Fが引っ越しをどう捉えるか、不確定要素が入ったと考えた。
しばらく、この町で、Fの退院まで過ごすことにした。
妻は、まだ、興奮がさめやらないし、お姑は、何を言い出すか分からない。すべての鍵は、Fが握っている。
Mは、不起訴にはなったが、精神科に入院したきりだ。
いつ、退院するとも知れない。
引き離すために引っ越しを材料にした場合、F自身の反応が気がかりだった。
明らかに、Mのことを不審に思っていた。
しかし、両者を引き会わせるのには無理がある。

この問題は、姑の意外な提案で決着を見た。
Fの落ち着きを待つまでもなく、一刻も早く、この町を出ようという。
それは、妻づてで、伝えられた。
姑も神奈川に引っ越すという。
家屋敷の処分は、妻のいとこに任すという。
確かに、まっとうな結論である。
思えば、Mへの気遣いや、疑念の払拭を願っていたのは、Fよりも私だった。
姑はせっかちなので、私に、早急な対応を求めていた。
嫌も応もない。
Fのことは、任せて、神奈川の受け入れ体制を整えよというわけだ。

私は、ふたたび、新幹線のチケットを購入し、鞄に荷物を収め、ホームに立った。妻のいとこが、早朝の駅まで送ってくれた。
疲れで、シートを倒して寝続けた。
帰りの旅路は、あっというまだった。
Mの両親が、謝罪に実家を訪れたことを、妻からのメールで知った。
噂では、すでに離婚しているとも書いている。

半分は、私の思い通りになった。
残りの半分とは、何であったろうか?
そもそも、私のやりたかったこととは、何を目指していたのか?
現状復帰の現状とは、何であったのか?
何もかも吹き飛んで、跡形も無かった。
あまりに多くの感情の動きがあって、私は、疲れきっていた。

乗り継ぎの電車で、うとうとしていた時である。
”実は、君には、家族が居ない”
そんな、声が、頭の中に聞こえた。
妻からのメールを確認しようとしたが、ニコレット家のゲームからの膨大な量のメール以外に見あたらない。
その中の一通には、Mの写真が添付されていた。
中性的な美貌を秘めて、不可思議な笑みを浮かべていた。
遠い昔に離婚した妻の面影が脳裏をよぎった。

久しく錆び付いていたスイッチが入った。
確かに、今の私に家族は居ない。
私の養い親は、どちらも、とうに亡くなっている。
実父の葬儀にも、神奈川県から、かろうじて列席した。
実母のことは、名前以外、まったくわからないままである。
恐らくは、亡くなっていることだろう。
息子が公園の遊具に挟まれて、事故死してから、妻と過ごす時間が苦痛になった。仕事は、60になって辞めた。今は年金生活である。
週に1回のボランティア活動が社会との限られた接点になっている。
とりあえず、今晩の食事の準備を、自分のためにせねばならない。
そそくさと、私は、スーパーの人混みに紛れた。

『ニコレット家の人々』は、大ヒットしたケータイアプリである。
ストーリーの全ては、実話をもとに構成している。
背景や人物写真も、リアルワールドのものを加工している。
利用者の表情筋の反応一つ一つを、AIが読み取って、次の展開を決める。
のめり込む者が、後を絶たない。
リアルワールドより、ずっと刺激的で、充実している。
登場人物は、美化されて、映画俳優のように魅力的だ。
リアルワールドの上を行くと、評価する者が多い。
彼らは、やがて現実との接触を失っていくか、すでに失った上で補完している。
私のように、長時間睡眠者となり、リアルとの境界を、ますます曖昧にする。

私たちは、夢から覚めると、安心する。
失敗も、傷も、なかったことになる。
リアルでは、日々は平穏に過ぎる。
買い物し、食事を作り、本を読む。
誰がやっても、同じことの繰り返しで、自分らしさなぞ、発揮する機会は無い。電話相談や苦情受け付けに、かけてみると良い。
巧みな対話で、あなたは、少し元気になるだろう。
ほとんどで、AIが音声をシミュレートしており、リアルの人間と区別がつかない。とんちんかんな回答があったなら、まず、間違いなくリアルな人間が相手だ。
人間には、人のために役立ちたいという抑えがたい欲求がある。
しかし、人間同士では、満たされないものが、VRで満たされる。
かつての妻は、他人のために奉仕する私の価値観と、折り合わなかった。
新たな家族を迎えるには、歳をとりすぎた私に、自分だけへの奉仕を望んだ。
それぞれの選択に、異存は無い。

人生は長い。
家族の無い者には、苦痛も悲しみも失敗も無い。
遠い親戚や、赤の他人を家族と思って、日々を過ごすことになる。
苦痛や悲しみが復活する。
しかし、そこには、涙とともに笑いがあり、充実がある。
仮想の家族でも、人は進化できるのだ。
進化の欠乏こそ、孤独の害の最たるものだ。
孤立した個体を狂気から遠ざけることは、社会機能として成立した。

やがて、私も、脳の血管が損傷し、ちぎれた記憶の中に生きるのは宿命である。
『どっちが夢だったのかしら』
アリスの問いかけが、全てである。
地上を指したアリストテレスよりも、天を指したプラトンが正しかった。
我々サピエンスは、脳の中の世界で生きている。
いったい、どれを、夢と呼ぼうとも、私であることに違いはない。

帰り着いた夕暮れの金沢八景は、霧に沈んでいた。
珍しいことだが、海の影響であろう。
なにもかもが、ぼんやりとして、私の心の中のようであった。