分裂病者家族宛て掲示板



jazzさん
投稿日 4月11日(火)10時51分 投稿者 ばびっち佐野

ぼくもHNのson of a bitchのことで、誹謗中傷を受けたことあります。あいては自分が正義と思っているので、しまつにわるいですね。


レイさんへ
投稿日 4月11日(火)07時55分 投稿者 どらごん

何度も書いたり、やめたりを繰り返しています・・・でも、でも。
娘さんが生きておられて本当に良かったぁ〜〜。
もし、この場所を離れて永久の国へ行ってしまったら、こちらでの
もしかしたら、光さす楽しい事も、経験できなくなりますから。

レイさん、これから少し不安な時を過ごしますね。
でも、でも娘さんが正常な反応だと言ってもらえた事で、すこし
違う力を得たのではないでしょうか?
>しかし娘の学友は裁判所調査官とか、大学院とか進学
>したので、取り残された寂しさがそういう行為をさせたのですね。
いつか回復したら、道は残されていると思いますぅ。
娘さんは、ただの自分としてそこにいる事を、喜んでいけると良いですね。
自分が自分の存在を喜べるようになると良いですね。
生意気なことを・・・ごめんなさい。

レイさん、すごく応援しています。
ビールのみ過ぎないでゆっくりと、この世界を泳いでくださいね


なぜ、私には来ないのか?
投稿日 4月11日(火)04時19分 投稿者 地上の旅人

>僕のところには非難・誹謗のメールが届いて、投稿しづらくなってました。

私こそ妻と二年間も別居して離婚を希望しているのに、奥様を大切にしている
JAZZさんにメールが行くのは悲しいことです。私こそ、妻の生命を永らえる手段を
今も探し続けています。改めて、皆様方のご批判/ご指導を仰ぎたいと思います。

JAZZさんへ >>
 スピーカが壊れるまで鳴らした一軒家から越して、現在は集合住宅なので、
 独身時代に通ったジャズ喫茶によく行きます。
 10年前と同じ女性オーナーは私を覚えていてくれましたが、話すべき
 良きことは何一つありません。「会話厳禁」の張り紙が味方してくれてます。
 店は盛況で、スピーカ前のイスで座禅をしているお客さんもおられます。
 こないだはMy Favorite Thingsがかかって、20年前の学生に戻った気分でした。

最近、人は何のために生きるのかよく考えます。私の答えは五年前妻の妊娠が決まってから
「家族」だったのですが、追えば消えゆく”うたかた”のようになってしまいました。


心よりお見舞い申し上げます
投稿日 4月11日(火)02時56分 投稿者 地上の旅人

>ガスは止められ、窓はあけらていたので、自分で止めたんだなと思いました。

とても、ほめるような気分では無いと思いますが、私は「偉い、よく踏みとどまってくれた」
と思います。世間には、”一度やったら懲りる”という迷信がありますが、全くの迷信です。
芥川龍之介も小説(遺稿?)に、「もう少しでいける」ところまでやってみたと書いてた筈。
「もう、絶対しない」と繰り返し約束させて下さい。

ビールジョッキ三杯なら範囲内ですけど、ヤケになってはいけませんよ。
娘さんに知れたら、「自分もヤケになってよい」ことになってしまいます。


無題
投稿日 4月11日(火)01時18分 投稿者 JAZZ

>レイさん
大丈夫でしょうか?
レイさんの驚きと悲しみを想うと言葉も有りません。
最近のレイさんの御投稿を拝見して、
このところ調子の良さそうな妻も と、先生に外出・外泊をお願いしてみましたが、
「落着きはじめた今がまさに、自傷の心配をしなければなりません。」と
止められました。
お嬢さんもそんな時期だったのかもしれませんね。
病気の大きな流れからすると好転しているともとれるので、
なんとか落着いた対応ができると良いですね。
心からお見舞い申し上げます。

>TAKKYさん
僕からすると、少し寂しい状況になって来ているのですね。
でも、苦しまれて選んだ方向です、
失礼ながら御自身もいくつか病気をかかえていらっしゃるので、
少しでも楽になって(楽になんてなれるわけないんでしょうか?)、
新しい生活に向けて元気にスタートがきれるようにお祈りしています。

>釣人さん
お声を掛けて下さり、ありがとうございます。
投薬を止められるとの事、嬉しい反面やはりどこか心配でもありますよね。
これからは、ちゃんと眠れているかとか、ストレスを感じていないかとか、
奥様のご様子をしっかり見つめていってあげると良いのでしょうね。
御家族にこのまま穏やかに時が流れます様、お祈りします。


***このところ、僕のところには非難・誹謗のメールが届いて、
   投稿しづらくなってました。    
   内容からすると、先日の偏見・差別についての投稿や
   以前の義理の妹の自傷についての記述がよろしくなかったようで・・・
   本来はこの掲示板に書き込むべきことではないか とも思いましたが、
   僕にも反省する点もある事だし、一通づつ返書をしたためていましたが、
   なにぶんすごい量なのと“二度と書き込むな”等の一方的な内容しか
   レスが来なくなってきたので・・・
   この場をお借りして、
   反省と御気分を害されたことにお詫びを申し上げたく。
   僕の本意では無いですし、病者に攻撃を企図するものでもありません。
   しばらく投稿を控えるということでご勘弁願えないでしょうか?
   よろしくお願いします。
   個人的なことに掲示板を使ってしまいました。 すいません。  


レイさん
投稿日 4月10日(月)20時41分 投稿者 TAKKY

大変でしたね。言葉もありません。
オフラインで書いていたので、タイムラグが
出てしまいました。
改めて、お見舞い申し上げます。


近況・・
投稿日 4月10日(月)20時39分 投稿者 TAKKY

ご無沙汰しています。最近はROMも怪しくなって
来ました。みなさん、お元気でしょうか?

妻がこの春休みを利用して、やってきました。
これからやり直すことを前提にしていた時は、何度も
予定を覆されてきたのですが、「離婚」を前提に
したとたん、調子が良い妻を久々に見ることができた
のは、皮肉だなと思いました。

考えてみれば、ここでもう一度やり直さなければ
ならないというプレッシャーからとりあえず解放された
のだから、調子が良くなって当然かもしれません。
長い目で見れば、妻が実家の母親の庇護を受けていられる
時間はそう長くはないとは思うのですが・・

今度は連休明けに来るそうです。そのたびに妻は荷物を
運び出していくことになりそうです。
そして、妻の荷物が無くなった時、お互いの新しい
スタートのために「離婚届」を出すつもりでいます。

>釣人さん
薬を断つことを判断したのが、医者の判断ならば、
とりあえず、信じてもいいのではないでしょうか?
調子が良くなった直後、また活動しすぎて、ストレスを
貯めぬよう気遣ってあげてください

>レイさん
新学期が始まりました。校庭の桜も見事に咲いています。
お嬢さんの心配もあるかもしれませんが、レイさんご自身
がのんびり養生されて、いつの日か戦列に復帰していただ
ければ、同職として、とても心強いです。


レイさん
投稿日 4月10日(月)20時11分 投稿者 ばびっち佐野

ぼくも入院中、あせりは物凄くありました。もと同級生などが、どんどん大人の世界に入っていき、ぐんと成長する時期だからです。自分は病院で何も出来ずじっとしてる。つらいもんです。必ず、将来いなおってのりきれると思いますよ。そのころ親に「3年や4年のブランクはすぐ取り戻せる」といわれたものです。でもぼくは心の中で「いまは今しかない」とやはりあせってました。


娘の自傷行為
投稿日 4月10日(月)19時57分 投稿者 レイ

連続して書き込みするようで、ためらってたのですが、娘が昨日
自傷行為をしました。娘が寝て居るときに買い物に外出しました。
帰って部屋にガスの匂いが漂って居るので、驚いてしまいました。
マンションですから、強烈な匂いが残ってました。
そして娘は居間の片隅に膝を抱えてじっとうずくまっていました。
しかし、ガスは止められ、窓はあけらていたので、自分で止めたんだなと
思いました。リストカットを繰り返す人の話はよく聞いていたので、
その程度なんだなと思いましたが、目の前で自傷行為を見たのははじめてで
私はすごいショックを受けてしまいました。2日前に病院仲間と花見をして
気を発散したのにどうしてこうなるのと思いました。幻聴もまだあるようです。
「病院に帰る?」と聞いたら「帰る」と答えたので、夫に送って貰いました。
いつもなら、私も一緒に送るのに、立ち上がる気も失せる激鬱になって
しまいましたので同行できませんでした。

今日、午後、ようやく私は起きあがることができて病院へ行きました。
主治医と話したら、今回の娘の自傷行為はなかなか回復しない現実の自分に
焦ってガスをひねってしまったと娘は言ったそうです。
そういう自己認識はむしろ「病気」というより、「正常」近いものだと
主治医は言いました。しかし娘の学友は裁判所調査官とか、大学院とか進学
したので、取り残された寂しさがそういう行為をさせたのですね。

今日は電車で病院に行きましたので、駅前の居酒屋でビールをしたたか
飲んで帰りました。男の人が一人で飲んでいる姿は珍しくないのですが
女の一人飲みは、珍しいでしょうね。夫を呼ぼうと思いましたが、
めんどくさくなって構わず生ビール3杯飲んで帰りました。

私も決して若くはないし、こうやって気が休まらないで晩年を迎える
かもしれないと思うと、気が滅入ります。何とか、持ち直さないと
いけないと思います。


ばびっち佐野さん。
投稿日 4月9日(日)11時45分 投稿者 レイ

愛由美さん、佐野さんのご努力が実りますように。
私だって、娘が病気になる前は全くこの病気には全く無知でしたもの。
むしろ、こわい事件を起こすというイメージしかありませんでした。
しかし、実はありふれた病気であること、薬で寛解する人が多い事。
社会復帰している人もたくさんいるし、他に様々な活動をしていることなど、
社会の偏見をなくすためにもマスコミでもっと正しく取りあげてほしいです。
私は娘にはたとえ病気でも堂々とした人生を歩ませるつもりです。
佐野さん、どうぞ、がんばってください。


磁気刺激による治療
投稿日 4月9日(日)03時41分 投稿者 地上の旅人

>磁気による脳波で幻聴が改善されるという最新のニュースには、
>大変興味があります。

頭痛があっても、被験者は嫌がらない程度というから、
脳にダメージを与えない事の検証を急いで欲しいですね。
幻聴に効果ありというのが、かなり嬉しいことです。

http://info.med.yale.edu/psych/clinical_care/rTMS.html


TVにでるだなんて
投稿日 4月8日(土)11時20分 投稿者 ばびっち佐野

じつは精神障害者、患者会のことをNHKでとりあげてほしいって愛由美さんっていうかたが電話してくれたの。それをきいてぼくも手紙だしたら、いまの脳外科の取材がおわったら個人的に取材したいって、返事がきたんです。たぶん製作会議にのせるための取材だから、出るか出ないかはわからないのです。


病者の花見
投稿日 4月8日(土)11時07分 投稿者 レイ

東京は今桜の真っ盛りです。娘は昨日、大学のガイダンスに出て
それから浅草で病院仲間と落ち合って花見と言うことです。
電車がこわいと言うことなので、大学がある東京の西の町から浅草まで
私が同行して、仲間と合流したのを見届けて帰って来ました。
帰ってからも、病み上がりや入院中の仲間だけの花見と言うことなので
私も心配して携帯に電話を入れたのですが、そのたびに楽しそうな
笑い声、歌声が聞こえました。総勢8人、昨日は真夜中まで、花見後
カラオケに行って歌いまくったそうです。昨晩は結局自宅に帰らず
浅草に家がある人の家に全員雑魚寝したそうです。
それで、今朝、8時頃家に帰って来ました。もっと、ヘロヘロになって
来るかと思ったのですが、妙に元気、すっきりした顔で帰って来ました。
今は寝込んでます。これで疲れて幻聴が強く出なければいいんですがね。
でも、私はこれであの子も気分が発散できたのだと思うとなんか、嬉しい
気持ちがこみあげました。こんな事って必要だなって思いました。

>どらごんさん
人との距離ってほんとに難しいですね。お気持ちわかります。
私も人見知りです。
私はドラゴンさんのようなとっともお辛い生い立ちではないのですが、
父には早く死なれ、母は教育ママの権化のように成績ばかりを気にする
ような人で、秀才の兄と絶えず比べられて、あまり会話のある、
暖かい家庭に育ったとは言えません。人には警戒心が強い方です。
それだけに対人関係にはある程度努力が必要だと思っているので、
苦手な人とも一寸でも口をきけるようにして主にその人の話を聞くように
してます。
この人はウマが合いそうだなと言う人には、べったりはうっとおしいはず
だから、つかず離れずで話すときは親密に楽しく話してます。
また、何でもいいですから、自分の興味ある世界に没頭できると、人との
距離が落ち着いて来るように思います。現在、鬱症の状態の私がえらそうに
言えることではありませんが。

>地上の旅人さん
磁気による脳波で幻聴が改善されるという最新のニュースには、大変
興味があります。勿論、電気ショックではないのでしょう。
多くの患者に福音をもたらしますね。

>佐野さん
もしかしたらテレビに出るんですか。


薬とさよなら
投稿日 4月7日(金)15時42分 投稿者 釣人

2月から投薬を続けていた妻も今では以前の状態にすっかりもどり、幸せな日々が
続いております。ついに医師から投薬を止める指示がでました。しかし再発の一番の原因の一つに”断薬”とあり、心配の種がまた出来たかな?と思う今日この頃、
JAZZさん、TAKKYさん、いかがお過ごしでしょうか?

釣人

PTSDと断定したようにとれたらごめんなさい
投稿日 4月7日(金)03時09分 投稿者 地上の旅人
ドラゴンさんをPTSDと断定したつもりは無いのですが、そうとれたらごめんなさい。
以前にも書いたように、PTSDとして対処するのが有効かどうかを決めるのはご本人です。

>北青山診療所の尾久裕紀院長と心理カウンセラーは
>トラウマ治療に取り組んでるそうですが。でも受診の危険の方が危惧でしょうか?

分裂病治療では「転移、逆転移解析が行われる状況では、すでに治療関係は壊れている」とか
言うようですが、PTSDのカウンセリングでは事情が異なるようです。
正常な人間が必ず異常な反応をするようになる程の強いストレス状況が再現されるので、むしろ、
カウンセラ自身への積極的バックアップ体制が無いと、治療者が患者に同化したり、
加害者に同化したり、状況に自分の評価を加えたり、治療に逃げ腰になったりするそうです。
経験豊富な病院では、そのようなバックアップ体制があるでしょうし、誤診の怖れも少ないでしょう。

EMDRという視覚にリズミカルな刺激を与える治療法や、磁気による脳への直接刺激(幻聴がメインの対象)
による治療もあるようですが、日本ではまだ適用例が少ないようです。
分裂病のような即効性のある薬もありませんし、カウンセリングには時間とお金がかかります。

掲示板では、安全が確保できないのでPTSDへのつっこんだ対応は出来ません。しかし、
自律回復の進んだドラゴンさんには、ななさんのような同じ体験のサバイバーとの意見交換と、
レイさんの母親の愛情に満ちた声が、もっとも有効と思います。
私の知識は、ハーマンの「心的外傷と回復」の受け売りです。
精神医学会と法医学会から表彰された名著です。(中井久夫が訳していることもありますが)


どらごんさん。
投稿日 4月6日(木)23時45分 投稿者 クミコ

どらごんというハンドルもかっこいいけれど、「ハイエナの様」という比喩も、
どらごんさんらしくて、かっこいいですね。

わたしも心理的依存症候群?(^_^;)で困っています。ふだんは、わたしも人と距離を
置くタイプですが、ひとたび仲良くなると、たーーくさん、その人に期待してしまい
ます。(そいで期待がつよすぎるせいか、勝手にうらぎられた気分になって、ぐっと
落ち込んだりします)。

おなじ心理的依存であっても、どらごんさんとわたしとでは、反応のしかたや表現方
法が、違うのかもしれないと思いますが、もとのところは、同じのような気もします。

おたがいがんばりましょう。なんて・・・すみません、ほとんど役に立たないレスで。

「一歩離れて冷静な大人の態度を身に付けたい」ということですが、いままで大人にな
らざるを得ない局面にいたのだから、もう、いいじゃないですか、これからは。
・・・ゆっくりゆっくり大人になれば。。。


どらごんさん
投稿日 4月6日(木)21時56分 投稿者 ばびっち佐野

としとったら、自然に治るようなきもしますし。カウンセリングがいいかどうか?責任あることはいいづらいですね。ぼくも20歳ころは友だちにすぐ依存してしまって、毎日のように押し掛けて、ほもじゃないか、と言われたことがあります。そのときは泣きながら、下宿に帰りました。心の葛藤がひどければ、やはり精神科へ公費負担でかようことですね。

愛由美さん
今日NHKから返事がきました。いまは脳外科関係のクローズアップ現代の取材があるので、それがおわったら、個人的に取材したい、ということです。


どらごんさん、暖かい人間関係で自分を癒し育てることです。
投稿日 4月6日(木)15時09分 投稿者 愛由美

どらごんさん、はじめまして。私は30代の主婦で愛由美と申します。
私には、子供が授からないので主人と2人暮らしです。(今のところはかな?)
最近、私のように子供が授からない女性は、既婚女性6〜7人にひとりとも
5人にひとりとも言われており、同じ境遇のメル友と悩みを分かちあっているん
ですよ。(子供に恵まれない女性達は、かなり深刻です。)

ですから、どらごんさんとお兄さまの身の上を伺いまして、周りの大人たち、
特に施設の職員の残酷でむごい仕打ちには、本気で強い憤りを感じ、悔しくて
涙も出てきます。(T_T) 茨の道を・・・今までよく頑張って生きてきたね。 
これからもお兄さまの分まで逞しく生き抜いてください。どらごんさんの言った
「人との距離がわからない。ほんの少し理解者が現れてくれたと思うとハイエナ
の様に心理的依存をしてしまう。自分の心の暴走を抑える事が難しいのです。」
・・・私の想像ですが、どらごんさんが今まで他人に頼ったり、甘えたりする事が許されなかった境遇で育たれた反動なのでは?と思います。これからは、心から安心で
きる居場所、心を許せる暖かい友人と触れ合う事で過去の心の傷を癒すのです。

ACODという機能不全家族で育った人達が集まってお互い助け合いながら
心を癒していこうという自助グループもあります。

また、PTSDや心の奥の過去のトラウマにさかのぼることで不安定な心の状態
を治療してる精神科医や心理カウンセラーのもとでカウンセリングを受けるのも
私は良いと思いますが。・・・でも、「境界性人格障害」、「多重人格障害」などの
診断名を受けやすいそうだし、副作用の強い薬を長く服用するようになったら?と思うと私も考えてしまいます。千代田区の中野クリニックは元聖路加国際病院で
精神科医長をされてた先生で地下鉄サリン事件のPTSDで悩まれてる人たちが
沢山通院されてるそうです。北青山診療所の尾久裕紀院長と心理カウンセラーは
トラウマ治療に取り組んでるそうですが。でも受診の危険の方が危惧でしょうか?
私にはわかりませんが。地上の旅人さん!どうでしょうか?(^_^;)

★なお自助グループやトラウマに関して参考になるHPがあります。
 http://www.kiwi-us.com/~skyearth/psy/torauma/html/

どらごんさん、あなたの素直さと優しさをいつまでも大切にしていれば
必ず、心の通い合う人達は見つかります。これからのどらごんさんの人生が
明るく幸多いものであるよう私は応援しています。








どう、表現したら・・・・
投稿日 4月6日(木)07時44分 投稿者 どらごん

この間は、色々とご心配をありがとうございました。

まずは、わたしも自分の足でしっかりと歩きたいのですが、自分の性格について、
最近思う事があります。

それは、人との距離のとり方(心理的な)分からないようなのです。
施設で育って、愛情に対する我慢や押さえつけを命じてきました。
だから、極端なくらい人との距離を置いています。

でも、ほんの少し、理解者が現れてくれたと思うや否や、まるでハイエナの様に
その人に心理的依存をしてしまいます。
その暴走を、抑える事がとても難しいのです。
その人に、最初の優しさを勝手に求め、その人に、自分への関心を要求します。
自分が、どんどん暴走しているのを分かっていながら、認めてくれた人(友達、仲間の内のだれかですが)に依存しています。

人との距離の取り方は本当に難しくて、その為に神経質にいらだったり、粘着質になってしまいます。
その気質から、一歩離れて冷静な大人の態度を身に付けたいのですが、難しいものですね。


ばびっち佐野さんへ
投稿日 4月5日(水)16時50分 投稿者 愛由美

良い病院を探すのは、本当に大変なことなのですね。佐野さんのおっしゃるとおり
だと思います。みなさんもケースワーカーさんといっしょに院内を見学される事
をお勧めします。後で後悔しないためにも。
だけど・・・アル中のやくざに…おかま・・されたの?
すごい話ですねえ〜。(*_*; びくっ!

弟が入院してた時、私はOLをしていたのであまり詳しい話は知らないんです。
おトイレがどうだったか?も本人には聞けないですけど、だいたいの事なら
知っていますし、弟のことで相談もありますのでメールを出します。
当時の事をしっかり思い出して書きますので、
それまでしばらくお待ちくださいませ。  (^o^)/



愛由美さん
投稿日 4月4日(火)22時43分 投稿者 ばびっち佐野

病院はほんと選ばないといけないですね。大学病院ならほぼまちがいありません。他の科と同列くらい医者も看護婦も数がそろってます。僕が最初に入院したのが大学病院だったのはラッキーでした。でも後から入院した地元の私立病院は、医者一人で100人くらいの入院患者をみていました。トイレはくさいし病院全体の雰囲気が暗く沈んでました。HPの羽籐さんの入院してた病院では、アル中のやくざにおかまされたと言ってました。まだまだこんな病院は多いです。愛由美さんも公開したくないのなら、知りたいので、メールででも病院の様子教えてください。


すみれさん、私も同じ体験をしたのでお気持ちよくわかります。
投稿日 4月4日(火)20時07分 投稿者 愛由美

すみれさん、あなたの投稿を読んでまるで私の10年前にそっくりだわ!
と思ってしまいました。私の弟もいじめが原因で病気になりました。
弟が入院していた時は、生きた心地がせず、今思うとあの事で自分の寿命が
10年は縮まったのではないか?と感じる程、私も家族も辛かったなあと当時
を振り返ってそう思います。

すみれさんの弟さんと同様に私の弟も病院から電話をかけてきて、
「僕は薬もちゃんと飲むよ。だから早く家に帰りたいよ。」と泣きながら訴え
てきました。それが毎日続いたので、その頃の1カ月の電話代が約10万円も
かかったらしいです。病院の事を詳しく書くのは、ためらわれますが、あとで
聞いた話だと悪名高い病院だったらしいのです。・・・だから私も長い間、自責
の念に悩まされました。でもここの掲示板とか、兄弟姉妹の会の掲示板で同じ
仲間と出遭い、お話しすることが出来て、ようやくふっきれそうです。
ごめんなさいっ!自分のことばかり書いてしまって。m(__)m

すみれさんの「弟の悲痛な訴えに家族はどう対応すれば良いか?」というお悩み
には、私の体験から言いますと、すみれさんのご家族が心を鬼にして冷静に
弟さんに対応することが重要だと思います。(ツライとは思いますが)
例えば、「あなたの病気は医師の指示どおりきちんとお薬を飲むことがとても
大切なの。担当医があなたに合うお薬を一生懸命探して一番良いお薬を処方し
てもらってお薬を飲む習慣をつける練習をしなければいけないのよ。掃除や
運動を他の人達と一緒にすることで対人関係の練習にもなってとても役立つと
思うわよ。規則正しい生活も身につくしあなたには良い研修なのよ。しっかり
身につけた方がいいわね。」とか「担当医の先生が、お薬が減っても大丈夫に
なったら家には帰れるから、それまでみんなで待ってるよ。」
・・・なんかこんな感じで対応してみてはどうでしょうか?

それから、すみれさん、分裂病という病気についての本を読んで知識として
知っておくと弟さんが退院してきた時の心の準備にもなっていいですよ。
犬儒さんお勧めの本を読みましたが、回復の過程、お薬の副作用なども
わかりやすく書いてあります。
    ★「分裂病とつき合う」伊藤 順一郎 著 保健同人社
お薬の開発が進んだおかげで、今は良いお薬があります。
私の弟も10年前に比べたら、表情も柔らかくなって別人みたいです。
私の父が読んだ雑誌に大分大学の精神科医師が日本の分裂病者の人達の
20%が完治してるという報告が載っていたらしいです。
今後、完治する人達は、もっと増えるだろうと明るい希望を持ってます。
ばびっち佐野さんみたいに元気に回復され結婚してお子さまもいるという
かたも世には沢山いらっしゃると思います。ばびっち佐野さんのHPは
めちゃおもしろくって笑えますよ。私もすみれさんと同じ心細くて悩める
きょうだいのひとりです。
すみれさん!おたがいに差さえあって」いきましょうね。


アドバイスどうもありがとうございました
投稿日 4月3日(月)22時31分 投稿者 RUU

いろいろお返事いただけて、
とてもうれしいです。
ありがとうございました。

旅人さんの奥様のお母様の話は、びっくりしました。
あまりにも私の母のケースに似ていて。
母は特殊なケース(たくさんの病気を併発してしまった
という意味において)なのかと思っていました。

薬の副作用によって分裂病が引き起こされるとは
きいてはいたのですが、
あまり信じられなかったんです。

愛由美さんや旅人さんのおっしゃるとおり、
今とは違うお医者さんに見ていただくことも
考えてみた方がいいようです。

これまでの10年間、私たち家族は、母に対して
あまり優しくありませんでした。
10年前、私はまだ高校生で、病気になった母を
恨みさえしました。
そして、とうとう錯乱してしまった母を見て、
私自身、自責の念にかられています。

一度転がり出してしまった石は、
もう止められないんだなあ、
と母の焦点の定まっていない目を
見ていると、思います。

ばびっち佐野さんのおっしゃるとおりです。
私は母に育てられたんですよね。
先のメイルでは、母に愛情が感じられないと
書いてしまいましたが、あれは嘘です。
やっぱり、母を愛しています。
苦しい妄想にかられている母を見ると、
私まで苦しくなってきます。
おそらく、母の精神状態に巻き込まれているんでしょうね。
何が本当のことで、何が嘘なのか、
自信がなくなる瞬間があります。


RUUさん、初老期痴呆でも分裂病と同じ症状がでますが・・・。
投稿日 4月3日(月)19時31分 投稿者 愛由美

RUUさん、RUUさんのお母さまのことですが、私もばびっち佐野さんと同じ
疑問で60歳をこえて分裂病になるんでしょうか?
私の母は、2年位前から物忘れがひどくなり、大学病院の神経内科に通院して
います。パーキンソン病なども神経内科で扱ってますよね。
お母さまの病院に老人専門の医師は、いないですか?
老人に関する病、特に心がからんでくると判断が難しいらしいです。
私の母も始めて診察してもらった医師と今の経験豊富な老人専門の医師とは、診断が全く違います。痴呆症でも分裂病と同じような症状がでることがあると聞いて
います。私の家にある「家庭の医学」にもそう書いてあります。
・・・RUUさんのお母さまの病院に老人専門の医師がいるといいのですが・・・。
RUUさんのお母さまがどちらにお住まいかわからないのですが、大学病院の
老人専門の医師に診ていただくのが私は良いと思いますが。


61才の発病
投稿日 4月3日(月)04時30分 投稿者 地上の旅人

>10年前から、パーキンソン病と膠原病が併発し、入退院をくりかえしています。
>今年も1月から入院していました。

妻の母も60才くらいで分裂病を発病しました。妻の実家の説明によると、
長年甲状腺の薬を飲んできたが、サルコイドーシスという膠原病を発病して
ステロイドを投与され、分裂病とパーキンソンを併発したとのことです。

その後、妻の母は自宅で転倒した際大腿骨骨折して、一人では入浴も出来なくなりました。
いたましいことですが、身体も弱っているので、これ以上の状況悪化を防ぐ手段に集中して
ください。

>とりあえず、仕事は1ヶ月休職しました。
>といっても、自分の病気でもないので、そう長々とは休めません。
>私にも将来がある、でも、母を見捨てることは許されない。

この間にお母さまを預けるに足る施設を探すことです。
普通の家庭には、けっこう段差などの危険が多いので、
真剣に家族で話し合うことです。

宗教の勧誘は直接原因と考えられないので、医原病の疑いもあります。
セカンドオピニオンとして、他の病院の診察も受けさせたいですね。
他の病院に入院というのが、結構良いかも知れません。


傷つきやすく引籠りがちな病者
投稿日 4月2日(日)23時48分 投稿者 地上の旅人

>面会回数を出来るだけ増やし、こちらからも電話を毎日かけることにしました。

打つべき手は打っていると思います。
弟さんが家庭で引きこもっていた期間は、病状の悪化を遅らせたかも知れませんが、
今の目標は
1)薬の種類/量で合ったものを見つけることと、
2)服薬の習慣をしっかりつけることです。

弟さんの異様に長い面会禁止期間は、家族への依存をふっ切るためかと思います。
個室だったのは、他人が怖いからかな?
変に病院慣れしてしまうのも困りますが、病院、デイケア、作業所と、色々な環境に
慣れる訓練が必要と思います。面会で「見捨てられ感」を回避しながら、
3)家庭以外の環境にも慣れる第一歩と思います。
治療の目的等本人にも自覚してもらって、励ますしかないと思います。
面会も、定期的にするかわりに、短めのほうが良いでしょう。
行けなくなったときは、予定時刻前に連絡することです。


すみれさん
投稿日 4月2日(日)23時47分 投稿者 ばびっち佐野

ごく常識的ないい先生だと思います。本人には我慢してもらうしかないと思います。
ぼくのHPみてください。自伝をかいてますから、参考になるようなら、読んでください。

http://www.bekkoame.ne.jp/~fl2007/


RUUさん
投稿日 4月2日(日)23時33分 投稿者 ばびっち佐野

お母さんの人生の意味はお母さんが、考えることです。そして貴方への宿題かもしれません。少なくとも貴方を育てたのですね。
まだ正式な診断が出てないそうですが、61歳にもなって分裂を発病することがあるのでしょうか?ぼくにはわかりません。
生活面では、落ち着いてから施設へ入ってもらうとかが選択肢としてありますが。貴方のなかでは複雑な思いがあるのでしょうね。


相談にのってください
投稿日 4月2日(日)23時04分 投稿者 すみれ

はじめまして。すみれといいます。今は離れて暮らす私の弟のことですが...。
弟は大学在学中、良い友達に恵まれず、いじめにあったり、一人暮らしの孤独を味わったりする中だんだん授業の内容や人の話すことが理解できなくなり、気がおかしくなったと思い、自殺行為もしています。その当時病院からは鬱病と診断されており、その後も2年ほど実家に何回も帰りながら学校を卒業まで続けました。今、思い返せばその間も分裂病の症状はでていました。地元に帰り就職もしましたが、集中力がないと受け取られ退職させられました。退職後はほとんど家でゲームをする生活で、家族以外の人との付き合いもないままに今日まで来ました。一時はクリニックに通院し薬も処方されたことがありましたが、薬が合わないと飲まず、当時は家族も薬や入院は良くないと思っており勉強不足でした。その後、以前から幻覚、幻聴があったことが判明し平成11年夏に分裂病と診断され、今年の1月末には幻聴や不眠の症状が強まり家族の手にはおえなくなり、初めて入院し現在に至っています。入院して最初の12週間は保護室(一人部屋)で面会はできず、電話もこちらからはできませんでした。現在は3人部屋で1日のスケジュール(体操、掃除、運動など)をもとに生活し3週間経とうとしています。3人部屋になってからは週に2回両親が面会に行き、弟からの電話が毎日2回かかってきます。電話では、「とにかく家に帰り家族と暮らしたい」「家族といるのが一番の薬」「薬を飲んでいれば幻聴もなくなり眠れるので服薬を守って家で生活できる」と言います。医師に相談するとまだ薬の量が多いので外出は難しいとのことでした。先日、薬を減らして様子をみることになったのですが、調子が悪く本人の希望で1日で元の量に戻していました。本人も電話でゆっくりと治したいと言ったようですがやはり帰りたい気持ちがつのって、パニック状態に陥って発狂しそうになることがあると言います。ここ2日間はその症状に対して注射をしているとのことでした。医師からは外に出て日常生活ができるくらいの減薬ができたら外出から外泊できるようになるし、それまではもう少し我慢しましょうと言われています。しかし弟の悲痛な訴えに家族はどうしたら良いのか悩んでいます。面会回数を出来るだけ増やし、こちらからも電話を毎日かけることにしました。弟にとって一番良い方法がとりたいのです、どうかご意見をお聞かせください。


はじめまして
投稿日 4月2日(日)20時30分 投稿者 RUU

はじめまして。
RUUといいます。

私の母が、おそらく精神分裂病です。
おそらくというのは、まだ正式な(?)診断がおりていないからなのです。

私の母は、現在61歳になります。
10年前から、パーキンソン病と膠原病が併発し、入退院をくりかえしています。
今年も1月から入院していました。
1ヶ月まえ、母が突然おかしな言動をはじめました。
きっかけは、ここで書くと長くなってしまうのですが、
宗教勧誘を受けたことです。宗教嫌いだった母は、それがきっかけとなって、精神状態が不安定になってしまいました。
まあ、これはきっかけにすぎず、
そもそもは、10年間の病苦と、自分への家族の無理解がたまりまたったものだと思われます。

「監視カメラがある、巨大な陰謀があって、私は殺される」
そういったことを繰り返し、
ベッド中に落書きをし、食事も拒否している状況です。
私としては、母の精神状態を落ち着かせる薬を飲ませたいところですが、
既に持病で飲んでいる薬が強いもののため、
容易に精神病の薬が投薬できない、というのが、医者の返答です。
食事を拒否するため、無理やり点滴で栄養補給をさせていますが、
そのため体力がなくなり、ほんの1ヶ月で寝たきりになってしまいました。立ち上がることも、トイレにいくこともできません。
精神状態がひどいため、リハビリもできません。
持病の薬も度々拒否するのですが、
もし飲まないと、それこそ生命に危険があるため、飲ませないわけにいかず、その度に、病院から私の会社に呼出電話がかかってきます。(家族が説得すると何とか飲むからです)

最初は、母の言動にショックをいちいち受けていましたが、
なんとか慣れることができました。
といっても、今度は、もう母に愛情が感じられません。
寝たきりで、かつ、精神病を患う母をかかえて、
今後、私はどうすればいいのでしょう。
とりあえず、仕事は1ヶ月休職しました。
といっても、自分の病気でもないので、そう長々とは休めません。
私にも将来がある、でも、母を見捨てることは許されない。
私も疲れているんでしょうね。

持病のため、精神病の薬が投薬できないということは、
今後、精神状態がよくなるということは、ないということです。
ということは、母は死ぬまで二度と正常には戻ることができない。
あまりにも残酷ですよね。
持病そのものも、過酷で痛みをともなう病気ですので、
なんだか、母の人生は何なんでしょう。
そして、それをもう重たいとしか感じることができない私たち家族は、今後どうすればいいのでしょう。
10年間、やるだけやって、最期がこうですから。


アキラさん
投稿日 4月2日(日)14時00分 投稿者 ばびっち佐野

入院生活は退屈なものです。病気が改善されれば、外出、外泊許可が出るし、そうなるまでの辛抱と思います。薬も強めのを出されてるのかもしれません。薬をもっと副作用の少ないものに変えてもらうことはできるとおもいます。ぼくは分裂で4年間入院してました。でも後半の2年間は入院しながら大学いってましたけど。


本人が退院を希望
投稿日 4月2日(日)08時47分 投稿者 アキラ

昨日(4月1日)入院中の子供に面会したところ、薬の副作用でときどき心臓が苦しくなり、毎日の入院生活にも嫌気を感じて早く退院したいと訴えておりました。
3ヶ月前頃から幻聴時に大声でわめき、近所に迷惑をかけていることから、3月中旬に入院したばかりなのに、どう対処したらよいか悩んでおります。4月5日に担当医師と面会しますが、退院させていただけるものでしょうか。


TEさんのペースで
投稿日 4月1日(土)23時35分 投稿者 地上の旅人

>たくさん書きたいことがあってなかなかまとまらないのです(^^;)

全てTEさんの為の会話ですから、お好きなとこから
少しずつ書かれて良いのですよ。


皆様お返事ありがとうございます!
投稿日 4月1日(土)20時23分 投稿者 TE

皆様たくさんのお返事ありがとうございます。
おかげで私の心も落ち着いてきました。
皆様の投稿を何度も何度も読み返しています。
本当にありがとうございます。
また改めてお返事を書きたいと思います。
(たくさん書きたいことがあってなかなかまとまらないのです(^^;)
まずは取り急ぎまで・・
お礼の返事が遅くなってしまい本当に申し訳ありません。


不幸な人が不幸を招きます
投稿日 4月1日(土)14時28分 投稿者 地上の旅人

>「熱心なしつけ」⇒「暴走した体罰」⇒「悪意ある虐待」⇒「悪意あるリンチ」
>これから先、悪意ある虐待から先へ進めるかどうか、思考中です。

私には、職員の気持ちが幾分か分かります。
余りにも不幸なのでとても同化できませんが。。。。
僅かな予算で、傷だらけの子供たちの面倒を見なければならない。
心の傷からオネショが癖になっている子はふとんを汚すし、手は足りない。
優しくしても、容易には心を開いてくれない。
自分の人生は、こんな子供たちの為に費やされていく。。。
負担のひとつひとつを自分への攻撃と捉え、反撃する。

このような思考は、施設の子供たちの価値を過小評価するために、自らの価値をも
おとしめています。本来は、恵まれていないが、将来社会を背負っていく大切な
子供たちを預かっているのですから、大事に扱ってこそ、やりがいのある仕事です。
子供たちを傷つける職員の心こそ、病んでいるのです。

勿論、彼らの場合、病気ではなく社会への契約違反をしているので裁かれる対象です。

人格統合には、自己評価をあげることです。そのために、自分へのご褒美を欠かさぬことです。
美味しいものを味わって食べさせ、入浴でリラックスさせ、深い眠りを与えて下さい。


連続書き込み失礼します。
投稿日 4月1日(土)10時16分 投稿者 どらごん

地上の旅人さん、本当に感謝してもし切れない思いです。
ありがとうございます。

>自律的な気づきに価値があります。
「熱心なしつけ」⇒「暴走した体罰」⇒「悪意ある虐待」⇒「悪意あるリンチ」
これから先、悪意ある虐待から先へ進めるかどうか、思考中です。
自分の考える力の限界もあるので、大切に進めたいと思います。

>後遺障害が明らかになって、ちゃんとドラゴンさんと同じ視点で
>謝罪したかどうかです。無過失責任としても、その責任を認識しているか気になり>ます。

謝罪を求めた事がありません。長い間「しつけ」と口で言われながら「痛い行為」を受けたので、職員の言う「しつけ」と自分の「痛み」が=(イコール)で結ばれるまで、とても長い時間がかかりました。
「大人も間違える」という発想に至るまで、とても思考が混乱していました。
長い時間が掛かってしまったのは、やはり施設出身者独特の、家族の不在が遠因だとおもいます。自分ひとりで考えて、精神を保たなくてはなりませんでした。

わたしも体罰を受けていた当時は、人格が幾つかに分かれました。
でも、相談相手もいないわたしは、分かれた人格を駆使して、生き延びようと努力しました。現在は、人格はだいぶ統合されたと信じています。
そして、何年も経ち、機能障害だけが残りました。
本音は、一言「間違っていた」とあやまって下さったらそれでいいのです。

>みすず書房「心的外傷と回復」、ハーマン、¥6800
具体的なアドバイス感謝しています。
こんなに良くしていただいて、まるで夢のようです。
ありがとうございました。
みなさん、連続書き込みを失礼しました。


価値ある自律的回復
投稿日 4月1日(土)00時16分 投稿者 地上の旅人

>職員が「しつけ」と言いながら行った行為が、わたしの機能を壊したからと言って
>「体罰」と言えるのかどうか、とても悩みました。

なるほど、長い時間をかけてドラゴンさん自身が、「しつけ」から「体罰」に視点を移したのですね。
もとより、私がドラゴンさんの視点をコントロールすることより、自律的な気づきに価値があります。
これ以上の強要はつつしみましょう。

>「教育熱心な職員による暴走の可能性」

これを見分けるポイントは、後遺障害が明らかになって、ちゃんとドラゴンさんと同じ視点で
謝罪したかどうかです。無過失責任としても、その責任を認識しているか気になります。
法律的にも重要と思います。

>病院で精神的な治療を受けた事がありませんので、自分自身がPTSDである可能性については、
>まだ分からないのです。

まともにPTSDをカウンセリングできる医師は少ないようなので、受診による危険のほうが
危惧されます。私がメーリングリストで知っている優秀な医師は、
「PTSDと自分を認めるかどうかは、本人が決めるべきである」とおっしゃってました。
私自身、PTSDについて勉強中です。以下の書物の193ページに、PTSDが
身体化障害、境界性人格障害、多重人格障害の診断名を受けやすいとの記述があります。
全く効かない副作用の強い薬を長期にわたって処方される可能性があります。
このような事実を認識したうえで、対処法を決めるのが良いと思います。

みすず書房「心的外傷と回復」、ハーマン、¥6800

少し高いのが難点ですが、お近くの図書館に買わせる手もあります。


情けない事ですが
投稿日 3月31日(金)14時37分 投稿者 どらごん

地上の旅人さん、ありがとうございます。
全てのアドバイスが、とても現実的で有効な手段と思えます。
色々と考える参考にさせていただきます。

>心的外傷への対応の第一歩は正しい認識です。「体罰」と呼ぶのはやめましょう。
>後遺障害が残るなら、明らかに「リンチ」と呼ぶべきです。「傷害事件」でもあります。

はい、ごもっともです。
それと同時に、幼い頃、自分にとって世界の全てが「職員」でした。
職員が「しつけ」と言いながら行った行為が、わたしの機能を壊したからと言って「体罰」と言えるのかどうか、とても悩みました。
「大人の行動は正しい」と思っていた子供が大人になり、「大人も間違える事がある」と知ってはじめて「体罰」の可能性について考え始めました。
「リンチ」としての認識については、今後の課題にします。
なぜなら、「体罰」ならば「教育熱心な職員による暴走の可能性」を考える事ができるけれど「リンチ」となってしまったら、そのカテゴリーから外れてしまい、わたしにも理解の出来ない部類のものになるからです。もう少し考えようと思います。

わたしは、病院で精神的な治療を受けた事がありませんので、自分自身がPTSDである可能性については、まだ分からないのです。
ただ、常に暴走しそうな自分の心を、コントロール下に置こうと努力はしてきました。そして、その努力はまだ続いているのだと思います。
ありがとうございました、地上の旅人さん。


クミコさんへ
投稿日 3月31日(金)11時05分 投稿者 どらごん

クミコさん。
>おにいさんの分まで、強く優しく生きぬいてください。
はい、ありがとうございます。
今のわたしは、貪欲ですね。
励まして、差し上げる言葉よりも先に、励ましをたくさん受け取らせていただいてます。・・・・家族に励ましてもらっているみたい。
本当にうれしくて、びっくりしています。
クミコさんの今日が、暖かくて柔らかな日でありますように。 


ななさん、もしよろしかったら・・・・・
投稿日 3月31日(金)11時01分 投稿者 どらごん

ななさん、おはようございます。
レスをありがとうございます、感謝しています。

とうとつで申し訳ありませんが、もしよかったら、そして、お話したくなったら
私にメールをくださいませんか?
わたしは、フリーアドレスですがメールを公開しておきます。
同じ境遇を持つものとして、また、「つよくなりたい」というななさんの、気持ちに深い共感を覚えてしまいそうなのです。

もちろん、それはななさんの自由意志ですし、フリーアドレスをゲットしてからの
方が、メールアドレスの公開は、安全だと思います。
もし、よろしかったら・・・・・。

わたしはななさんを、心の底から応援しています。
共にがんばりましょう。


どらごんさんへ
投稿日 3月31日(金)05時17分 投稿者 なな

どらごんさん、お兄様のこと御自身の事、とても辛い経験をされたんですね。
お察し致します。施設での暴力や虐待ほど酷いものはないですね、
だって子供達には逃げ場がないのだもの。
私のいた施設では時々脱走がありましたが、お金もないし
すぐに連れ戻されてしまいました。
助けてくれる家族も親戚もいない、本当に悲しいですね。
私はあの頃の事はなるべく思い出さないようにしています。
あなたのように強くなりたい、そう思いました。


リンチ
投稿日 3月31日(金)04時54分 投稿者 地上の旅人

>それと同時に、体罰を受けた自分自身の存在価値を、新たに構築していく、励みにしていきたいと思います。
>私は、体罰の果ての、軽い身体的障害を持っているので、その事に対するトラウマとも、
>折り合いをつけたいと思います。

心的外傷への対応の第一歩は正しい認識です。「体罰」と呼ぶのはやめましょう。
後遺障害が残るなら、明らかに「リンチ」と呼ぶべきです。「傷害事件」でもあります。
しかし、事件としての立件が困難なら、サバイバーとしては再発を防ぐ運動に参加するのが
もっとも有効と思います。まずは、声を出すことではないでしょうか?
「体罰を受けた自分が恥ずかしい」などと加害者の論理に乗るのは最悪ですから。


どらごんさん。
投稿日 3月31日(金)02時10分 投稿者 クミコ

 なんと言ったらいいのかわからないのですが、どらごんさんが生きていること、力
強く「しあわせになる」と言ってらっしゃることに、感謝したい気持ちです。おにい
さんの分まで、強く優しく生きぬいてください。
 今まで本当に辛かっただろうし、これからもまだまだ大変かもしれませんが、「い
いこと」が多い、実りある人生になることを願っています。


TE さん。
投稿日 3月31日(金)02時09分 投稿者 クミコ

 TE さん、こんばんは。おつらそうですね。
 まず、そうですね、ご自身の健康を最最優先にして、おもいやってほしいと思いま
す。具体的には、良質の睡眠を十分にとってください。
 それからだんなさまとの関係ですね。難しいですが、だんなさんもつらいし、混乱
しているのだと思います。「妻を守れるのは自分だけだ」という気持ちと、「自分に
は荷が重すぎる」の間を、いったりきたりしているのだと思います。TE さんは病気
でつらいし、だんなさんは、責任と重圧でゆとりがなくなっているのだと思います。
けれど、双方でその感情を生のままぶつけあったら、ますますしんどくなるだけだと
思います。
 たとえば、どうでしょうか。言いたいこと、必要なことがあったなら、手紙を書い
てみたら。TE さんは、文章力と表現力がかなりあるみたいですし。
 そして、面と向かっては、感謝の気持ちを、言葉できちんと表現するのです。
「いっしょにがんばってくれてありがとう」と。
 だんなさんの、「妻を守れるのは自分だけだ」という気持ちを、じょうずに支えて
ゆかないと、妻も夫も、この先しんどいと思います。TE さんを守っていくのは、だ
んなさんの役割だと思いますが、その気持ちをすり切れさせないように支えてゆくの
は、やっぱりTE さんしかいないと思います。

 ごめんなさい、もしかしたら性急なことを言っているのかもしれません。
 でも、なにはともあれ、まずご自身の健康だと思います。おちついてください。そ
して、元気をだしてください。


犬儒さん
投稿日 3月31日(金)00時11分 投稿者 ばびっち佐野

うちのHPには2つの掲示板があります。一つはまじめな病気掲示板、もうひとつはおちゃらけです。何でも書き込んでください。

http://www.bekkoame.ne.jp/~fl2007/


TEさん、
投稿日 3月30日(木)18時16分 投稿者 犬儒(けんじゅ)

 TEさん、こんにちは。書き込み拝見させていただきました。

 民法の離婚の規定ですが、770条あたりですが、地上の旅人さんが書いておられるので略します。

 同病といえば、大学の寮に入ったら同じブロックで精神分裂病の人がいましたが、通院しながら大学に通っていたようです。留年などもしたようですが、僕もその口でして、疲れやすくなって知力が下がるようなこともあるようです。
 その人ですが、見た感じではびくびくしている感じに見えました。何年か後、病院でもっといろいろな同病の人を見かける機会もありました。

 神経のフィルターが破れている状態と表現してあった本が、

『分裂病とつき合う』伊藤順一郎、保健同人社、1998、¥1350

のp.21あたりにあります。お勧めの本はこれと、

『精神病』笠原嘉、岩波新書、1998、¥640

あたりで僕は『分裂病がわかる本』(1995)はあまり薦めません。なんというか記述精神医学的な感じがして、それよりは健康と病気を連続的なものとみなす力動精神医学的な立場の見方のほうが好ましく感じるからです。

 たとえば配偶者の方に人間関係の心配や不安(深読み的な関係念慮〜関係妄想的なものなど)を話すよりも上記の2冊の本を渡して読んでもらうのが一番早道なのではないかと思います。こんなところでケチってもしょうがないので2冊買ってみてください。読みやすい本ではあります。

 筋肉注射は内服薬より効いていい薬らしいのですが、朝日新聞社のアエラムックの『精神医学がわかる。』(1996)というのに新薬でリスペリドンというのが認可されたようなことが書いてあって、医者に言ってみて以来筋肉注射がそのリスペリドンの内服薬に代わったことがありました。でもまあ、とりあえず医者の処方に頼っておくのが無難かと思います。必ずしも緊急的な注射ではないとも思いますが、回復状態になると薬の量が五分の一程度に少なくなると思うのでいずれ変わるかもしれません。慢性病なので完治というのは現代では出来ないようです。

 屈辱感とか、いろいろな思いもあるかと思いますが、病気で人間の尊厳が損なわれることはないと思うので、新しい自分の状態に沿った建設的な配慮のようなことなら望ましいのではないかと思います。

 「王様の耳はロバの耳」という袋がありましたが、取り合ってもらえないことがあったら佐野さんの掲示板などに書くのも気分の発散になっていいかもしれないですね。(どうでしょう、佐野さん^_^;)
 それではご養生ください。

http://homepage1.nifty.com/kenju/


ばびっち佐野 さん
投稿日 3月30日(木)14時00分 投稿者 どらごん

はじめまして、ばびっち佐野さん。
>お兄さんいたましいですね。あざの写真とか証拠をとっとけば裁判にもちこめたの>にね。マスコミも取り上げるし、絶対他の人にも虐待は行われていたでしょうに。

兄の事を思ってくださり、本当に感謝いたします。
兄自身は、「しつけ」と称した「虐待」を受けておりましたので、写真や証拠を取る発想がありませんでした。
でも、たとえ、本人にその様な発想がなくても、家族がいれば「傷を見て」黙っている筈がありません。
だけど、残念ながら、私たちは「親の離婚」と「親権を持つ母が、すぐに分裂症」となってしまった為(子供が施設入所時には発病と思われる)退園後は、たった一人で多くの事を抱えていたのだと思います。
私のいた施設でも、親が分裂症や精神的疾患を持っている子供が、多くいました。
それゆえ私たちは、どうしても、自分の足で歩く以外に方法がありませんでした。
兄も、やはり、自分の足で立ち上がらなくてはいけなかったのでしょう。
でもそれは、健康な体と精神を伴っていた方が、より楽なのでは、なかったか?と
思いました。

長くなってすみません・・・つい。
ばびっち佐野さん。うれしかったです、本当にありがとうございました。
ばびっち佐野さんのご病気が、ほんの少しずつ癒されますよう・・・。
言葉だけで、本当にごめんなさい。


地上の旅人さんへ、ありがとうございます。
投稿日 3月30日(木)13時46分 投稿者 どらごん

どらごんです、こんにちは。

地上の旅人さん、レスをありがとうございます。
ここに来ると、ホッと息をつく事が出来ます。
今まで、何処のサイトに行って自分の体験を語っても、極端な例として位置付けられていました。おそらく、共通項がない為に、他の方々は、どの様にレスをしてよいか分からなかったのだと思います。

地上の旅人さん、私もこれから、皆さんの事を少しずつ心に受け取らせていただきたいと思います。
分裂症者としての母の、長い人生がもうそろそろ終焉に差し掛かる今、育ててもらえなかった苦しみだけを主張するのではなく、周りからの理解を得られなかった彼女の苦しみも、此処での会話や、教えを通して勉強し、共感、理解をしていきたいと思っています。

それと同時に、体罰を受けた自分自身の存在価値を、新たに構築していく、励みにしていきたいと思います。
私は、体罰の果ての、軽い身体的障害を持っているので、その事に対するトラウマとも、折り合いをつけたいと思います。
地上の旅人さんの奥様が、少しでも穏やかな心であられますように。
そして何よりも、地上の旅人さんの今日が、少しでも心安らかでありますよう。


許容
投稿日 3月30日(木)02時17分 投稿者 地上の旅人

>「何故?」と問い掛ける自分を許しています。

う〜ん。一日一回くらいなら、深いものなので良いですね。
毎瞬間持続すると、車を運転してても危なかったです。


無知・偏見・誤った常識・無理解・非協力
投稿日 3月30日(木)02時09分 投稿者 地上の旅人

>幻聴、幻覚、被害妄想、自殺未遂、失語などいろいろありこれらの症状は
>今年に入ってから特に酷くなり私の異常に夫が慌てて病院へと説得され私も納得し診察を受けに行き、
>4回目の診察の後夫を通して「分裂病」であることを知りました。

分裂病としては、かなり軽症に属すると思います。境界型人格障害とされてもおかしくないでしょう。
しかし、自殺未遂については、「本意ではなかったし、もう、決してしない」と約束されることです。
男のプライドが、かなり傷つくので。。

>というのも夫が段々と私から離れていっているような、そんな気がしてならないのです。
>カウンセリングや地域のデイケアサービス等受けれるものは受けてみたい、
>夫婦で受けれるものなら一緒にやっていきたいと申し出たところ答えはNOでした。
>「ほっとけばそのうち治る。考えすぎだ」と・・・

ご主人の発言は、まったく矛盾していますから、カウンセリングを嫌う
後ろめたさがあるように思われます。
「家族が悪い」みたいなカウンセリングは、少なくとも最近は無い筈です。
分裂病に関して、心因性のものは無いので、全くの杞憂なのですがね。
正しいカウンセリングの目的は、当人達の現状への「気づき」をうながし、
未来を考えさせることにあります。

>最近は家に帰ってこない時もしばしばありますし、

実家にでも泊まられているのですか?それとも、酒に逃れられている?

>姑からは「普通は1ヶ月位で落ち着くはずなのに・・・
>うちの子も大変なんだから早くしっかりしてちょうだい」

笑うしかない能天気ぶりですね。電話がきたら、「能天気」からの電話と思って、軽く受け流すことです。
「40才過ぎると、だいぶ良くなることもあるらしいので、それまでちゃんと薬を飲むことにしました」とか。

>最初の診断の日に私に言ってくれた「俺が一生面倒みるから安心しろ」という言葉は嘘だったのでしょうか。
>なんだかとても絶望的な気持ちになります。

ご主人の変化には、必ず理由があるはずです。それが、誤解だと良いのですが。
以下の書物を注文し、辞書的にパラパラご覧になってはいかがでしょう。
ご主人がこの本を見て、誤解だったらとけるかも知れません。
日本評論社の「分裂病がわかる本」¥2600

>いつか離婚され子供も奪われたらと思うと怖くて不安です。

病気を理由に離婚することは、とても難しいことですからあまり心配しないことです。
民法に「治る見込みのない精神病」という離婚理由がありますが、分裂病は該当しませんから
判例は味方する筈です。離婚が選択子になるのは、TEさん自身にご主人との生活が負担になる場合です。

>私が何か夫について批判することがあると「お前は病気だからそういう考えしか出来ない 育った環境が悪
>い」と言われてしまいます。私も今は興奮すると声の出ない状態になってしまうので何も言えなくなってしま
>い辛いです。

ご主人は、知的経歴で奥様に劣等感をもたれているのでしょうか?理由が無茶苦茶です。
分裂病と成育環境はまったく別物です。ご主人は、心因性の病気と考えているのかな?

>私が医師に尋ねると心配をかけないようにするためかこれらの詳しい説明はありません。

インフォームドコンセントの原則に違反しています。今度医師に、
「もし、貴方が私の立場でも、副作用のある薬を説明もなく受け入れて飲み続けられますか?」
と尋ねてみたら良いでしょう。薬についてる記号を教えていただけると調べられると思いますが。
この医師が、ご主人に何を吹き込んでいるか気になりますね。あまり、まともな医師ではありません。

>#私は10代後半の頃、親友を同じ病気で突然亡くした経験があります。
今は10年前より副作用の少ない薬も増えてますから、あまり悲観しないことです。

>やはりこの病気は誰にでも起こり得る決してめずらしくない病気なのでしょうね。
100人に一人ですから、かつての学校の同級生に5〜6人いてもおかしくないです。


続けて、皆様に
投稿日 3月30日(木)00時53分 投稿者 JAZZ

皆様、レスを頂きましてありがとうございました。

すぐに改善できるような強い心も、アドバイスを受け入れる素直な心も
今の僕には、欠けてしまっていて、
ひたすら、苦しみ、考え、悩み、やっていってみようと思います。
とはいえ、下のようにTEさん宛てに拙稿をつらつらと書けるぐらい
とぼけた奴なんで、大丈夫なのかも知れません。

ひとまず“自責モード”脱出を目標にします。
地上の旅人さん、「信じている」とお言葉を頂きまして、
嬉しかったです。 感謝しています。
僕も少しは取るに足る人間かも と自信が出ました。

佐野さん、僕のことは快く思ってらっしゃらないでしょうか?
茶化すようなレスで元気を分けて下さい。

それでは、失礼しました。                JAZZ


TEさん
投稿日 3月30日(木)00時35分 投稿者 JAZZ

TEさん、はじめまして。 
僕は、もうすぐ36歳、子供が2人、妻が精神分裂病です。
別居を経て、今は入院中です。

御投稿拝見しました。
再発直後の、まだ無知(十分に学んでいなかった)だった頃の僕の
姿が御主人とだぶってみえます。
当時の妻も同じ様に苦しんでいたのかも と胸が痛みました。
僕の立場上、御主人の心の中などを想像すると・・・
・発病を知った時の決意は本当だったと思います。
 ただ出来る事が少なく、努力の成果もみえにくいので、
 辛く、時に無力感に苛まれたり、自責モードに入ったりします。
 (今の僕が完全にそうです。)
・そこで、“逃げる”ような行動をとったりしてしまう。
 深く考えるのが恐くなる。
 たいしたことはない、直ぐ良くなる筈・・・などと
 思い込もうとしてしまう。
・当事者であられるTEさんには言い難いですが、
 あくまで僕の妻の場合として、
 様子が変(見た目も言動も)、恐い(時に理不尽な内容で責められたり)、
 等々、愛する(御主人もきっとそうです)妻のそんな姿は、
 とても簡単には受け入れられません。
 嫌いになったとかではなく(僕はそう信じています)、
 近くで、それも自分の無力を抱えながら、見つめ続けるのは
 苦しい事でした。

では、何故今は僕がこんな風にえらそうに語れるか?
それは、学んだから だと思っています。
地上の旅人さんやこの掲示板のみなさんのお陰で、
この病気や家族としての対応などを学ぶことが出来ました。
落ち込んだり、弱気になったりを繰り返しながらも
自分が破綻したりせず、どこか冷静でいられるのは、当初と違って
この病気が、その悲劇性も含めて、どんなものなのかをある程度
把握したからだと思っています。
御主人にも学んで欲しいと思います。
そうすれば、TEさんに対する対応も違ってくる筈です。

この掲示板を見てもらうとか、本を読んでもらうとかが良いと思いますが、
現実問題として、もしかしたら御本人から訴えられると
その苦しみから、また“逃げる”ような対応になってしまうかも
知れませんので、どうでしょうか、他の御家族または主治医から
本などを勧めてもらうというのは。
TEさんを前にしていないときなら、冷静さを期待できるし、
意外に手に取ってくれるかも・・・

病者御本人に、家族の苦しみの存在をことさら押し付けるような
内容になってしまいましたが、
御主人もまた特別ではなく、無知の弊害からくる哀しい状況にあるのでは
ないかということを知って頂きたく・・・
合わせて、病気とのつきあい同様、家族にも時間が必要なことも・・・
よって絶望することはないのではないか と思います。
これからですよ、きっと。 御主人が受け入れるのは。

結局、力及ばず、妻が入院してしまっている僕が
何だか偉そうに長々と綴りまして、ごめんなさい。
苦しみを深めるようなことにならなければいいのだけれど・・・
ちっぽけで無力なダメ亭主もいるものだ ぐらいに思ってください。

御主人があなたを、あなたの苦しみを“支持”してくれるようになられる様
お祈りしています。

失礼しました。                      JAZZ


TEさん
投稿日 3月30日(木)00時20分 投稿者 ばびっち佐野

家族にたいするカウンセリングは効果があるかもしれませんが、基本は根気よい薬物治療です。
>「ほっとけばそのうち治る。考えすぎだ」と・・・
これは余りにも病気にたいする無知です。
>「普通は1ヶ月位で落ち着くはずなのに・・・
何を基準に言ってるのか、まったくわかりません。ぼくも分裂病ですが、初発のときは4年間入院しました。20歳ころのことです。

お薬も聞けばなんて言うどんなお薬かふつうは教えてくれます。それによってどの程度の病気と先生が判断してるのか、わかります。
注射は安定剤だとおもいますが、速攻性があるので楽になる人が多いのですが、そんなことはないですか?
自殺念虜は病気の症状ですから、周りの人、あるいは命の電話とか利用されるといいと思います。


どらごんさん
投稿日 3月30日(木)00時05分 投稿者 ばびっち佐野

お兄さんいたましいですね。あざの写真とか証拠をとっとけば裁判にもちこめたのにね。マスコミも取り上げるし、絶対他の人にも虐待は行われていたでしょうに。


TEさん
投稿日 3月29日(水)22時21分 投稿者 レイ

はじめまして。ご投稿読ませて頂きました。
TEさんはご自分の病状を「分裂病」だと知らされているのですね。
しかし、TEさんは病識もしっかりお有りのようですし、ご投稿の
文章も理路整然としてらっしゃいます。仮に知らされているご病気
だとしても、軽症の方ではないでしょうか。必ず、治療で回復されますよ。

それにしてもご主人の「ほっとけば治る」とかお姑さんの「一ヶ月で落ち着く
はず」という言葉はいくら何でもあんまりではないですか。
例え、軽症だとしても、この病気は長く焦らず、根気強く、ストレスの少ない
生活をしなければなりませんね。

私には何のアドバイスもお力にもなれませんが、今後もこの掲示板でも
思いのたけを話されて、少しでもお楽になられますように。


TAKKYさん
投稿日 3月29日(水)21時46分 投稿者 レイ

レス有り難う御座います。
私は水泳もウオーキングも大好きなのです。
今日は鬱で1日寝込みモードなんですが、暖かくなった事ですし、
明日辺りから、市中を流れる川沿いにウオーキングしようと思います。
川原に咲く野の花を見つけたりして。そう言うことも好きなんです。
何時になるとは言えませんが、職場には必ず復帰します。
26年打ち込んだ仕事ですもの。早く、元気になりたいと思ってます。

TAKKYさんは鬱では先輩ですものね。(妙な先輩ですね)
これからも、いろいろアドバイスして下さいね。よろしくお願いします。


地上の旅人さん
投稿日 3月29日(水)21時20分 投稿者 レイ

レス有り難うございました。実は私の書き込みで地上の旅人さんに
辛い過去を思い出させてしまったのではないかと思って、後から
反省してました。

地上の旅人さんのお父様は肝臓ガンなのに、生活はマイペース。
私など、感服しております。


ゆきさん
投稿日 3月29日(水)20時48分 投稿者 レイ

ゆきさん、こんばんわ。
大切にお育てになったお子さんでしょう。娘さんの言動に
一喜一憂したり、振り回されたりのお気持ちは当然だし、
落ち込んでしまうことも、とってもよくわかりますよ。
私だって、心から楽しい日はあったかなと思うのです。

私の娘の入院は実は今回が2度目なのです。昨年の12月の
初めに入院しましたから、ほぼ4ヶ月が過ぎました。

1度目の入院は昨年の4月でした。主な症状は幻聴で「死ね」と
いう言葉が絶えず頭に聞こえて来るという症状でした。
それもやがて消えて8月には退院しました。退院の時は娘も私も
「もう二度とここには戻ってこないぞ」という決意で出てきました。

それからの娘は普通の生活に戻ることに焦ったらしく、ゼミに出たり
サークル(音楽系)の練習に出たり、コンパに出たり、アルバイトを
したり、自分は病人ではないんだという意欲で活動しはじめました。
そして、やがて11月に症状は復活しました。
今、考えれば友達と付き合って夜更かししたり、生活が不規則になったり
服薬も1日3回が2回になったりしたことがあったのでしょう。
2度と戻らないと思って出てきた病院へ再び入院することになりました。
入院の当初は「いろんな声が聞こえる」「調子が悪い」「死にたい」
という言葉の連続で、私も本当に落ち込みました。その頃から今まで
張りつめていた私の緊張の糸が切れたようで私の鬱の症状が強くなって
行きました。

今は病状も大分安定したようです。
しかし、2度の入院で学んだことは、決して退院を焦らないこと。
良くなっても、一週間のうち、しばらく外泊半分、病院半分で当分行くのが
ベストだと思ってます。また退院したら、基本的には家で休養させること。
友達に会いたくなったら、こちらに泊まりに来て頂くことなど、要は
できるだけ親の目の行き届く範囲で規則正しく生活させ、睡眠もたっぷり
とらせることだなと思っています。

ゆきさん、今は大変ですが、お互い親としてできるだけ頑張りましょう。
必ず、心安らかな日々が訪れることを信じて行きたいものです。


レイさん
投稿日 3月29日(水)18時15分 投稿者 TAKKY

春休みでいくらかホッとしています。
午前中は学校に行って、補習の生徒とつきあったり、
1年間で溜まってしまった資料の整理をしています。

>もっと変わったのは本に対してです。ブックコーナーにも寄りましたが
何一冊も読みたいと思わなかったのです。娘が病気になる前は、1日だって
本を読まないで過ごせる日はなかったのですが。<

むしろ、私はそこを逆手にとって、本が読みたい読みたくないという
気分をひとつの目安にしています。
本が読みたくないときは、うつの波が来ているのだと思い、ひたすら
気分転換を図っています。
また、本がバリバリ読みたくなっているのはそうの波だと思い、
むしろ活動をセーブしています。そうの波に乗って、活動していると
うつの波がより深いということを掴んだのは、既往十数年のキャリア
です(^^)

気分転換には、運動がいいです。レイさんが花粉症でなければ
今の季節は散歩がいいのですが、娘さんと同じくらいの年齢の
方を見かけて、悲哀がこみ上げてくるなら、プールで泳ぐのが
いいです。

泳ぐのがつらいときはゆっくりゆっくり歩くといいです。
娘さんのことを考えながら、それでも水の中を歩いていると
やがて、体が疲れてくれて、心地よい疲れがレイさんを包んで
くれます。

お酒を飲んでいる時の安らぎに似ていますが、それより幾分か
開放的になれます。
何よりも「習慣性」になっても体に良い点がいいです。

どうか、どうかご自愛下さい。
読書欲も娘さんの病気に対する気力も絶対によみがえってきます。


家族の協力
投稿日 3月29日(水)18時13分 投稿者 TE

皆さん こんばんは 初めて投稿させていただきます。
夫と幼い子を持つ20代の妻です。実は1ヶ月程前から私は夫に連れられて精神科に通院しております。今となって思えばかなり前から分裂病の発病の兆候があったのではと自分で思うのですが、自分がおかしいとはこれまで全く気が付きませんでした。幻聴、幻覚、被害妄想、自殺未遂、失語などいろいろありこれらの症状は今年に入ってから特に酷くなり私の異常に夫が慌てて病院へと説得され私も納得し診察を受けに行き、4回目の診察の後夫を通して「分裂病」であることを知りました。
それから1ヶ月経ち、私は今とても苦しい立場に立たされています。というのも夫が段々と私から離れていっているような、そんな気がしてならないのです。
カウンセリングや地域のデイケアサービス等受けれるものは受けてみたい、夫婦で受けれるものなら一緒にやっていきたいと申し出たところ答えはNOでした。
「ほっとけばそのうち治る。考えすぎだ」と・・・
最近は家に帰ってこない時もしばしばありますし、私が病気のことを話してもほとんど聞いてくれていないという感じなのです。それ以上言うと「入院するか実家に帰るしかないんじゃないか?俺だってもう限界だ」と言われてしまいました。
姑からは「普通は1ヶ月位で落ち着くはずなのに・・・うちの子も大変なんだから早くしっかりしてちょうだい」と電話がかかってきます。こういう電話の後はイライラして頭痛が酷く息苦しくなり、睡眠薬を飲んでも眠れないことがあります。一人で泣きながら耐えている状態です。
最初の診断の日に私に言ってくれた「俺が一生面倒みるから安心しろ」という言葉は嘘だったのでしょうか。なんだかとても絶望的な気持ちになります。
ここで皆さんの投稿を拝見いたしますと皆さんそれぞれの家族の苦悩が伝わります。きっと夫も夫なりに悩んでいるのだろうと気づかされます・・・
しかしながら私の頼れる人は夫しかなくもっと私の病気について知って欲しいと思うのですが夫は日々の仕事に追われきっと病気について知る心の余裕がないのかも知れません。どうしたら家族に理解を得ることができるのでしょうか・・・これ以上私が夫に病気のことを話すとますます遠ざかって行ってしまうようでとても怖いのです。いつか離婚され子供も奪われたらと思うと怖くて不安です。
私が何か夫について批判することがあると「お前は病気だからそういう考えしか出来ない 育った環境が悪い」と言われてしまいます。私も今は興奮すると声の出ない状態になってしまうので何も言えなくなってしまい辛いです。
(ここには書ききれませんが結婚してから様々な辛いことがありました)

今の私の通院治療の状況ですが薬を1日毎食後3回。朝、昼は顆粒、夕方は顆粒と錠剤(小)1つ(何も記しがありません)、寝る前に顆粒と錠剤(大、小)を服用しています。寝る前の薬は睡眠薬(大)と調べて分かったのですが、他の薬は一体何なのか分からないのです。服用してからは肌荒れと口内炎、頭痛がありますが医者に伝えても薬の変更はまだ無い状況です。それから診察の時は筋肉注射があります。これがかなり苦痛で最近病院に行くのがちょっと億劫になってきています。やはりこの注射も分裂病の症状を抑える緊急的なものなのでしょうか・・・私が医師に尋ねると心配をかけないようにするためかこれらの詳しい説明はありません。

突然の分裂病者本人からの相談で皆様には大変申し訳ないのですが、家族、夫の協力を求めることに対する何か良きアドバイスを頂戴したくここに書き込みさせていただきました。ぜひ宜しくお願いいたします。

#私は10代後半の頃、親友を同じ病気で突然亡くした経験があります。身近にいて彼女を救ってあげられなかったというその出来事が未だに私の心の深い傷として残っています・・まさか自分も彼女と同じ病気になるとは思ってもみませんでした。自分がなってやっとその時の彼女の辛さが分かるようになりました。それと同時に発病した時の周囲の戸惑いや、自殺され残された者の悲しみ、苦しみを自分自身痛いほど分かっているだけに死にたいと思っても死ぬことが出来ません。彼女の死が私の死を思いとどまらせている、今はそんな状態です。

やはりこの病気は誰にでも起こり得る決してめずらしくない病気なのでしょうね。

#まとまりのない分かりにくい文章で申し訳ありません。


繰り返し繰り返し・・・
投稿日 3月29日(水)06時17分 投稿者 どらごん

地上の旅人さん。
>「なぜ息子は死んだか?」と思ってしまいます。頭では、そんな説明が得
>られないことは百も承知していてもです。息子が死んだ日から毎日、
>「なぜ?」を何万回繰り返したか知れません。

私の兄は施設内虐待が遠因(証拠がないのです)で、大人になってから死亡しました。それ以前の彼の精神状態は、生きながら死んでいるかのようでした。
死亡の原因は、腎臓病でしたが、施設を出た時点で、内臓が痛めつけられていたそうです。私は、兄を忘れないために(風化させたくない)・・「何故?」と問い掛ける自分を許しています。
勝手な事を申しまして、ごめんなさい。


ゆきさん、ありがとうございます。
投稿日 3月29日(水)06時03分 投稿者 どらごん

はじめまして、ゆきさん。
励ましをありがとうございました。
励ましの心が、文章以上の響きを持って届いてきます。
わたしは、ゆきさんに、大切に励ましていただきました。

ゆきさんもどうか、少しでも安らかでいられますよう・・・
本当に祈る気持ちです。
ありがとうございました。


サバイバー
投稿日 3月29日(水)03時35分 投稿者 地上の旅人

> 施設を出たという事と、病気の母を持つ事は、ただの人でしかない私にとって、
> 大きすぎる現実だと、感じていました。

それを生き延びたドラゴンさんは、もはやただの人ではありません。
「よくぞ生き延びた」と、ご自身を褒めてあげて下さい。


希望
投稿日 3月29日(水)03時26分 投稿者 地上の旅人

>しかし、私の娘は生きています。

全ての希望はここにあります。
私の妻も生きております。

我が尊敬する父も、肝臓ガンになって1年以上たつのに
来訪した折りに、夕食はお酒と焼き鳥だけでした。
次の日の朝食も、私の朝食を作る姿なぞ見たくないようで、
しょうがないので、二人でタコのぶつぎりをつまみながら
ビールでした。レイさんもビールだけでなく、
せめてチーズ類とかつまみをとって、おいしいビールを
飲んで下さい。


一喜三憂?の毎日です
投稿日 3月28日(火)21時42分 投稿者 ゆき

2日近くパソコンを開かずにいる間に多くの方が投稿されていました。レイさん、御自分が苦しい中でレスくださりありがとうございます。みなさんそれぞれ御自分の苦しみを抱えながら他人に温かくしていらっしゃる姿に頭が下がります。相変わらず娘の言葉に一喜一憂したり、振り回される自分が情けなくなります。先ほどの娘の電話の内容が気になり、今夜も落ち込んでいるところです。まだ退院できそうにないということで焦っているようで無理を言ってくるのですが。レイさんの娘さんはどのくらい入院なさっているのですか。
どらごんさん、どうか幸せになってください。今はこれしか書くことができません。


Re: 皆様の御投稿を・・・
投稿日 3月28日(火)17時30分 投稿者 クミコ

JAZZ さん、こんにちは。

> 妻が昔の(病者)仲間に電話していたり、入院中に他の病者の方と親密にしている
> のを見たりする時、表現が難しいですが、嫌悪感のような感情を持つ事が有りま
> す。

 ちょっとうまく言えないのですが、健常者どうしの夫婦であっても、似たような状
況や感情を持つことは多いように思います。
 そんなとき、マッチョで「わがんねー(東北弁)」タイプの男性であったら、「つ
きあうな」とか、「やめろ」とか、けっこう平気で命令してきて、妻をぎりぎりまで
追いつめたりするように思います。
 JAZZ さんが誠実なタイプの男性でよかったです。
 でも、その分、JAZZ さんはつらいと思いますが。


ななさんへ
投稿日 3月28日(火)14時55分 投稿者 どらごん

どらごんです、はじめまして。
そして、レスをありがとうございました。

わたしも、同じ施設出身者として、とても親近感を持てました。
虐待による精神的ショックの為、色々な症状を持つ出身者はたくさんいます。
虐待は、体のみならず、心をも痛めつけますから。

私には、虐待の痕が体に残っています。
その傷を見るたびに、私の存在価値について、苦しみました。
虐待を受けるに値する、自分とはいったい何者?と問いつづけました。

ななさんや、ななさんの弟さんがどれほど苦しまれたか、想像に難くありません。
おそらく、筆舌にしがたいものがあったのでは・・・と思います。
#勝手な想像をしてしまい、申し訳ありません。

施設出身者には、頼りになる家族がありません。
殆どの場合、親戚づきあいさえないのが現状です。
もし、自分自身が発病してしまったら、この世の地獄だと思いながら、自制してきました。ななさんも、がんばりましょう。

本当にこうして、レスして下さった事が、とてもうれしいのです。
これからもよろしくお願いします。


問いかけの日々
投稿日 3月28日(火)14時42分 投稿者 どらごん

地上の旅人さん。

>逆に、子供時代に、大人にならざるを得ないどれだけの辛酸を
>舐めてこられたのか、想像を絶するものがあります。

そうですね、ある意味大人にならなくては生きてはいられなかったのかも知れません。幼い頃の私はいつも、未成熟な心と大人のわきまえを、かろうじて制御しながら生きていた様に思います。体罰と称する虐待を受けながら「私とは何?」と問いつづけていました。

>「精神が不安定でした」と過去形で言われた理由がやっと解りました。
>まさに、Dragonのような強い精神力を感じます。

そして、不安定な精神を自分の中に認め、母と同じ道を歩みそうになっては、自分の真の心を、問い詰めました。そしてそれは、孤独な作業でした。
施設を出たという事と、病気の母を持つ事は、ただの人でしかない私にとって、大きすぎる現実だと、感じていました。

私の人生を、私の手で終らせないために、できる限りの努力をしていました。
でも・・・今、この場所で、語らせていただけるなんて・・夢のようです。
ありがとうございました、地上の旅人さん。


レイさん、ありがとうございます。
投稿日 3月28日(火)14時15分 投稿者 どらごん

こんにちは、レイさん。

レイさんからの、はげましの言葉を前に「ありがとう」と口に出して言えました。
人生を思い詰め、戦闘モードで歩いて来た私は、ハンドルネームを「どらごん」と名づけて、今日まで歩いてきました。
だけどレイさんの言葉が・・・癒しの一滴となって、石の心を潤してくれました。

レイさん、鬱でお苦しみになっている事を、他の方へのツリーで読ませていただきました。その苦しみの中で、励ましてくださったとは・・・・・。
改めて、ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いいたします。


地上の旅人さん
投稿日 3月28日(火)10時52分 投稿者 レイ

>私なぞ、二年半たった今でも
>「なぜ息子は死んだか?」と思ってしまいます。頭では、そんな説明が得
>られないことは百も承知していてもです。息子が死んだ日から毎日、
>「なぜ?」を何万回繰り返したか知れません。

このお言葉がとても心に痛く響きます。最愛の息子さんの突然の理不尽な死に
どれほど地上の旅人さんのお心を傷つけ痛めたことか、伝わって参ります。
私の娘も少なくとも大学3年の前半まで、勉学の意欲に燃え、むちゃくちゃ
楽しいサークル生活を送ってたのに、突然の暗転。なぜ、突然、こんなに
若くして未来を奪われなければならないのか、病気という原因があるにせよ
どうしても納得できないものがありました。しかし、私の娘は生きています。
旅人さんのお子さんは永久に戻らない。旅人さんのお心の痛みを思うと、
私はこの掲示板にはいつも愚痴ばかりで甘えさせて頂いてるなと申し訳ない
気持ちになりました。


佐野さんへ
投稿日 3月28日(火)10時15分 投稿者 レイ

早速、レス有り難う御座います。娘は佐野さんのようになって
欲しいといつも思っています。佐野さんは目標です。
娘は昨日外泊から病院へ帰りました。私は今日からまた1日寝込み
生活になりました。エネルギーを充填することにします。


ちょっと一言・・・
投稿日 3月28日(火)08時41分 投稿者 なな

皆さん、はじめまして。
参加させて頂いた事はありませんがいつもこのHPを見させて頂いています。

ドラゴンさんの書き込みを読んで、何だか親近感を感じてしまいました。
私は北海道の過疎の村にある施設で育ち、今は母と暮らしています。
施設は虐待やいじめがあまりに多く、弟は境界例になりました。
(私も多少感情の起伏が激しいところがありますが・・・)
今、施設でのそういった問題がマスコミに取り上げられているので
一日も早く改善される事を願っています。
ドラゴンさん、お互い幸せになりましょうね。


素晴らしい自制力です
投稿日 3月28日(火)03時17分 投稿者 地上の旅人

> 母の場合は、私の結婚によって、もう会えないと思いつめた結果、
> 事件を起こしてしまったようなのですが、よくわからないのです。

この文章で、ドラゴンさんに、この件に関する「しこり」の無いことが
わかります。今でも怖いでしょうが、客観的かつ簡潔に説明されています。
これは、素晴らしいことです。私なぞ、二年半たった今でも
「なぜ息子は死んだか?」と思ってしまいます。頭では、そんな説明が得
られないことは百も承知していてもです。息子が死んだ日から毎日、
「なぜ?」を何万回繰り返したか知れません。

逆に、子供時代に、大人にならざるを得ないどれだけの辛酸を
舐めてこられたのか、想像を絶するものがあります。
「精神が不安定でした」と過去形で言われた理由がやっと解りました。
まさに、Dragonのような強い精神力を感じます。

>母が、特におかしくなったのは、わたしの結婚を機にだと思います。
>幻聴や幻視、そして物語を作り出すようになったのです。

「結婚を機に」というのは疑問に思います。
ストレスが再発を促すことは「最後の一押し」にすぎないと、どこかの
本にありました。再発すれば、何だって妄想のネタになってしまうのです。
そして、妄想形成した方が苦痛が軽減するようです。(例えば「治療の展開」p15)
どんな無茶な理由でも、圧倒的な不安感に理由を求めるように。。。
むしろ、その前に生活パターンが変わったりするようなことは無かった
のでしょうか?特に不眠の理由になるような?

妻には、結婚以来毎日12時間以上寝ていたフシがあります。勿論薬を使用してです。
推定ですが、息子が大きくなって睡眠時間が減ったのが発症のトリガかも?。。。


レイさん
投稿日 3月27日(月)21時46分 投稿者 ばびっち佐野

エネルギーを充填してください。そのうち回復してきますよ。


どらごんさんへ。
投稿日 3月27日(月)21時20分 投稿者 レイ

初めまして。ご投稿読ませて頂きました。
何と、これまでご苦労した生き方をされて来たのでしょう。
お母様から包丁で刺された事など、涙が出ました。
ほんとにこれからの人生はお幸せなものであって頂きたいと
お祈り致します。
どらごんさんもお苦しかったでしょうが、又お母様の方も長い間の
ご病気でさぞかしお苦しかったのではないかと思います。
私には病気の娘がいます。恋人がいて将来結婚しようとしている
ようですが、皆様のお話を聞くと、正直言って複雑な思いになります。
ごめんなさいね。こんな話になって。
お母様とどらごんさんが今後よい関係をつけて行かれますことを
心からお祈り致します。


TAKKYさん
投稿日 3月27日(月)20時45分 投稿者 レイ

お久しぶりですね。
近頃、ご投稿がないので、たぶん、期末でお忙しかったのだろう
と思ってました。ようやく春休みに入りましたね。生徒指導主任の
大役、本当にご苦労様でした。奥様とのことはいろいろお考えの
事もお有りでしょうが、春休みは少しゆっくりお休み下さい。

私の鬱のことをご心配下さって有り難う御座います。
実は私の鬱は次のようなものになってます。
私の住む町にはデパートがあります。昨日行って来たのです。
店内にはまばゆいまでの春の製品が溢れてました。洋服もバックも
靴も。私は過去の職場ではおしゃれの部類に属するかなと思って
いたのですが、今は全くものに対して興味を失いました。
何一つ欲しいという気持ちが起こりません。自分の身を飾る意欲を全く
失ってしまいました。
もっと変わったのは本に対してです。ブックコーナーにも寄りましたが
何一冊も読みたいと思わなかったのです。娘が病気になる前は、1日だって
本を読まないで過ごせる日はなかったのですが。なんていう変わり様かと
自分でも悲しい気持ちになってしまいました。分裂病の本は昨年はよく読んで
いました。娘の病状の進行をなんとしてもくい止めようとの意気に燃えて
いたからです。しかし、今はちょっと疲れました。今月号の「こころの科学」
は分裂病が特集なので買ってきましたがが、まだ読む気もせずほっといて
いる状態です。
丁度、食事時だったのでレストラン街にも寄りましたが、そこでもビールは
飲みたくても、何も食べたいと思う気持ちは起こりませんでした。
今の私は1日一食がやっとなのです。
以前、やせたくて、いろいろ努力したにも拘わらずちっとも効果がなかった
のですが、今はほっといても、やせて行ってます。

別の話になりますが、私にはこれまでささやかなライフワークとしての
研究テーマみたいなものをもっていましたが、それも今ではストップ
したままです。

ほんとの鬱病はもっとすごいものかも知れませんが、私の場合、気力
体力、食欲、生き甲斐が奪われました。時々、こんなんじゃ生きていても
仕方がないなとか、苦痛だなとか思うことがあります。ですから、自殺する
人の気持ちも分かります。
ただ、私の場合、娘の将来を見届けるまで死ねないという気持ちが自分を
支えています。

TAKKYさんのお言葉に甘えて、自分の現状について書いてしまいました。
暗い話に終始してごめんなさい。


母との折り合いをつけるまで・・・・・
投稿日 3月27日(月)12時19分 投稿者 どらごん

こんにちは、どらごんです。
また書き込みをしてしまいました、ごめんなさい。

クミコさん。
>モンローよりもしあわせになってください。
はい(^0^)/ありがとうございます。幸せを模索していきたいです。
クミコさんは、たくさんの本を読まれているのですね。
よろしくお願いいたします。

 わたしは、気がついたら施設にいました。
施設での生活をを経て(今は、省かせていただきます)大人になり、分裂病の母をみる事になりました。とはいっても、入退院を繰り返している彼女には、ケースワーカーさんがついておりました。

母が、特におかしくなったのは、わたしの結婚を機にだと思います。
幻聴や幻視、そして物語を作り出すようになったのです。
混乱状態の母から、わたしが包丁で刺されるまで、そう時間は掛かりませんでした。わたしは、背中を文化包丁で刺されて、入院しました。
場所が、心臓の真後ろだったというのに、命は助かりました。

それ以来、彼女はわたしが、生き残ったというよりは「もう、死んでいるのでしょ?」と1度は、言います。
根気強く「生きてるよ」と言うと、安心するようです。
分裂病患者さんと共に生きるという事は、時には命がけの場合もあるのですね。

母の場合は、私の結婚によって、もう会えないと思いつめた結果、事件を起こしてしまったようなのですが、よくわからないのです。
これは、相談というよりも、かいつまんでのわたしの過去です。
これから、質問などもさせていただきたいと思います。
もし、お許しくださるなら、よろしくお願いいたします。


どらごんさん。
投稿日 3月27日(月)10時17分 投稿者 クミコ

マリリン・モンローの生い立ちと少し似ていますね。
だけど時代も違うのだから、モンローよりもしあわせになってください。


>レイさん
投稿日 3月26日(日)22時23分 投稿者 TAKKY

連続投稿になります。

私は27歳で鬱病を発病しました。
それから、およそ6年間、躁鬱の波はあっても
仕事を満足にこなせませんでした。職場を放棄して
自殺を図ったこともあります。

この6年間の回り道が良かったかどうかわかりません。
管理職なんて、魅力はないのですが、私は県のブラック
リストに載っており、管理職の道は絶たれています。

それよりも私が職場を放棄したり、迷惑をかけた時期の
人たちは、「あいつはまだ教員をやっているのか」と思って
いると思います。

それでも、しぶとく生きてきました。病者になったおかげで
出会えた人々もいます(妻もその一人ですが・・)

分裂病と鬱病の比較は軽軽しくはできないとは思いますが、
きっとお嬢さんも自分の病気を客観的に振り返ることが出来る
日が来ると思います。

その時は、きっとばびっちさんのように洒脱な文章で自分の
病気を笑い飛ばすようなHPを開くのではないのでしょうか。

あまり、よくまとまりません、すいませんm(__)m

要は、こういう内容のメイルを送りました。


お久しぶりです
投稿日 3月26日(日)22時14分 投稿者 TAKKY

ずっとROMをしていました。あまり、こちらは進展がなく
それなりに平穏な日々が続いています。
同居して、共に病気と闘っている家族の方々の書きこみを
読むたびに目頭が熱くなるとともに、「自分は何をなっているのか」
という思いが去来して、正直言って書き込めませんでした。

>レイさん
ご自身の鬱の方はいかがですか?
金曜日は修了式でした。同じに多難だった生徒指導主任の
任期も何とか満了しました。若輩で、しかも鬱病の既往を
持つ私にとっては、「奇跡」に近いかもしれません。

一度、私信を送ろうと思って、メイルしたのですが、あて先
不明で戻ってきてしまいましたが、書きこみがまた続いて
ホッとしています。


クミコさん、地上の旅人さんへ
投稿日 3月26日(日)12時44分 投稿者 どらごん

こんにちは、どらごんです。

私の事を受け入れてくださってありがとうございます。
まるで、暗くて冷たい夜の海を、漂っていたような私の心。
この場所にほんの少しだけ、いさせてください。

クミコさん。
>これから、過去ログ等を読ませていただきます。よろしくおねがいします。

地上の旅人さん。
>感謝の理由を単純にとると複雑な思いがありますが、どんな傷も、人に言えないと思うことほど孤独で辛いことは無いのですよ。

わたしは・・・・孤独だったのですね。
地上の旅人さんに言われて、はじめて「あっ、私はさびしかったのね」と、思えました。今は、言葉が溢れそうで、とてもふさわしくない程、吐き散らしてしまいそうです。コントロールしなくては大変な事になってしまいます。
ありがとうございます。これからも、少しずつお話させてくださいね。


ゆきさんへ
投稿日 3月26日(日)11時07分 投稿者 レイ

はじめまして。(ではなかったでしたっけ)
娘さんがご病気ということで、同じ境遇ですよね。
病名告知のことでは、私も非常に悩みました。
娘の主治医は別に精神が分裂するわけではないのだから
分裂病という言葉は使わない方針だと言われました。
今や、軽症化の時代ですから、返って本人の為にならないと
言うのです。私もこの方針に従って、症状さえ良くなれば
いいんだからと思い、何となくだらだらと曖昧に過ごしてます。
このままでいいのかどうか、わかりませんが。
これからも、よろしくお願い致します。


Jazzさんへ
投稿日 3月26日(日)10時09分 投稿者 ゆき

Jazzさんの気持ちがわかります。私も娘に面会に行っても同じ病棟の人々に挨拶をしていいのかどうかもわからず結局対応の仕方がわからず直視せず避けてしまいます。でも、先日の面会の時、娘は熱をだしていましたので4人部屋の病室で面会をしました。部屋を退出する時「おじゃましました」と相部屋の部屋に声を掛けるとちゃんと会釈が返ってきて内心ほっとしました。自分の世界と違う人たちという見方があったからだと思います。娘の病気のことを自分の身内以外に話せずなんとなく肩身の狭い思いをしてしまいます。ただ、自分が仕事に復帰(入院前介護休暇を取っていましたので)する上で状況を理解していただく必要のある上司等には話しました。どなたも話せば理解を示してくれますが、今はまだ、気遣ってくれる人、誰にでも話せるいうわけにはいきません。「どうか娘の事は聞かないで」という気持ちの方がずっと強いのです。
今、気がかりな事は娘が入院中病名についても告知され、退院後も家族でその前提のもとで過ごせるのが理想と思うのですが、娘に果たしてそれを受け入れる力があるのかどうか自信がありません。退院してくれば分裂病関係の本も目に付かないところへ置かなければならないのかなどといったつまらなことでも悩んでしまいます。


卒業式
投稿日 3月26日(日)10時01分 投稿者 レイ

2.3日前のことですが、外泊中の娘がポツリと「今日は卒業式なんだよ」
と言いました。ちょっと寂しげな表情を浮かべました。
私も近頃、駅などで見かける卒業式帰りの娘さんの姿などには、つい目を
背けてしまいます。順調にいけば娘にとっては今年が大学の卒業でした。
娘の友達はみな国家公務員、銀行大学院へと進路を決めて行きました。
皆、今までは見舞いに来てくれたり力づけてくれたりしてましたが、
これからは、それぞれ自分の道に精一杯で必然的に娘のことも忘れて行くのでしょうかと思います。

こうやって、病者は健常者の友達からも忘れられて行くのかも知れません。
娘に「今年は大学に行けそう?」と聞いたら、「今のところちょと無理」
との答でした。幻聴(今は大分減ったみたいです)の他に手のふるえや
目が吊り上がったりの副作用がきつくて外出が不安だそうです。
私も鬱の気持ちを抑えて「いいよ。大学なんて、今は30代や40代の人
だってたくさん入学して、卒業している時代なんだよ。ゆっくりやろうよ」
と言ってます。
しかし、内心娘の未来がどうなるか不安がいっぱいです。

娘は病棟内ではそれなりに人気(?)があるらしく外泊中は病棟内の
患者さんからよく電話がかかったりします。また同じ外泊中の人とも
落ち合って買い物をしたり、家に泊まりに来たりします。昨日からも
一人、うつ病の子が泊まっています。
私は同じ(ような)病気をもつもの同士が仲良く楽しくしているのを
見て、励まし合ってるんだなあと思って安心したりしてます。


jazzさん
投稿日 3月26日(日)09時30分 投稿者 ばびっち佐野

ぼくも精神病院に入院した時、一番初めに感じたのは「ぼくはこんな何も出来ない人達とは違う」ということでした。でもみんなとつき合うようになって初めて、対等な気持ちになれました。それから、退院するときも、しばらく病院の知り合いには会いたくない時期がありました。jazzさんももっと奥さんの知り合いと積極的にお話することを勧めます。ま、なかにはホントに恐い人もいますが。
>あちら側(ものすごく失礼な言い方ですいません)に完全に行ってしまうのを
>恐れているのでしょう。
>僕の妻はあんな人たちとは違うんだ! ・・・そう思いたいのでしょう。
たぶんそうだと思います。
でもぼくは病者と健常者の間には、深くて暗い川がある♪と、おもってますから、jazzさんが健常者のプライドを完全に捨てるのは無理ではないかとおもいます。だから無理をせず、つきあっていくしかないんじゃないのかな。
ムゲンは火水木土日の2:00〜やってます。TEL996-7701 松山市木屋町1-9-4です。


人は誰でも弱気になることがあります
投稿日 3月26日(日)02時35分 投稿者 地上の旅人

> このままでは、病気と闘う家族には失格もいいとこなのではないか・・・

お子さんとの板挟みで、ふたたびご自身を責めるモードに入られてます。
私をいさめてくれた時のように、まっすぐに表現して下さい。
(私も、訳の解らぬことを、ずいぶん書いてます)

子供に向かうことは、とても怖いことです。
子供は正直ですから。
しかし、私はJAZZさんを信じます。


誰しも人に傷つけられ 人に癒されます
投稿日 3月26日(日)02時26分 投稿者 地上の旅人

>これは、分裂病者家族宛て掲示板なので、管理人さん宛じゃないのですね?

私個人に伝えたいこと、公にすると誰かが傷つくことはメールでお願いします。

>私は施設を出て、働く事が精一杯でしたが、幼い頃の虐待の影響なのか?
>精神がとても不安定でした。

ハーマンの「心的外傷と回復」によると、
心が傷ついて、他人を傷つける人も稀にいるそうです。
傷つけた相手には、とても同情などできないでしょうが、
その施設も、手が足りなくて子供のケアをしっかり見切
れなかったのでしょうね。

>今、このHPにたどり着いて・・・多くの未消化の苦しみに苛まれておられる方々を知りました。
>ありがとうございます。

感謝の理由を単純にとると複雑な思いがありますが、どんな傷も、人に言えないと思うことほど
孤独で辛いことは無いのですよ。友人にいきなり言って嫌な顔をされるより、ここで言えば
安全です。沢山の方が聞いて下さるので、吐きだして軽くなって下さい。
施設で優しかった方の話なども、良いですね。


皆様の御投稿を・・・
投稿日 3月26日(日)02時11分 投稿者 JAZZ

どうも、JAZZです。
皆様の御投稿を拝見して、僕の悩みや驚きは不毛なことだったかと
悔恨する事頻りですが・・・

それでも一番の気がかりというか、恐怖の原因というか は、
妻に向けられるいわれなき偏見や差別に対する最大の防波堤でなければならない
僕が、実は 
妻と同じ病気の人を見て“なんか変だ”と思うこと、
“恐い”と思ってしまうことがあること・・・・
如いては、僕の苦痛の大部分が
もしかしたら妻が“変になって”しまったことにあるのかも・・・
妻を“恐い”と感じていることかも・・・
もしかしたら、近くに存在する事自体を嫌悪しているのかも?
妻の荒廃してしまった姿を見る時、可哀相と思うのではなくて、
“嫌”なのか?  だから治したいと思うのか。
妻が昔の(病者)仲間に電話していたり、入院中に他の病者の方と親密にしている
のを見たりする時、表現が難しいですが、嫌悪感のような感情を持つ事が有ります。
あちら側(ものすごく失礼な言い方ですいません)に完全に行ってしまうのを
恐れているのでしょう。
僕の妻はあんな人たちとは違うんだ! ・・・そう思いたいのでしょう。
(こんな表現しか出来なくて本当にごめんなさい)
しかしこれは、いってみればその病気に冒されている妻をも
同じ見方をしているという事になります。
偏見を持ちながら、力になってあげる、救ってあげることなど出来る筈がありません。
このままでは、病気と闘う家族には失格もいいとこなのではないか・・・
何をしても満足できる成果を実感できないのもそんなことが原因なのかも。
思えば随分前からどこか引っ掛かっていたような気もしています。
佐野さん(上記の重ねての不穏な発言に怒ってらっしゃるでしょうね)に
是非お会いしてみたいと思って、訪ねたことも有るんです。
寛解してらっしゃるし、ここでの交流やHPを拝見して、お会いした時に
果たして僕はどんな印象を持つ事が出来るのか・・・(またまた失礼ですね)
そんな風に考えていた気がします
(昨年の初秋のことでしたが、松山市内に入ってタクシーで訪ねたのですが、
 残念ながら運転手さんも“ムゲン”を御存じなく、随分探したのですが、
 メインは仕事だったこともあり、空き時間タイムオーバーで諦めました。)

地上の旅人さんが御示唆してくださっているように、
こんな僕でも内なる恐怖に打ち勝って、理性的な対処を選択していかなければ
ならないのでしょう。
でもなぜか妻に嘘をついているような、裏切っているような、
そんな感覚が僕の中で膨らんできてどうしようもないです。
きっと妻は僕が本当はどんな目で彼女を見つめているのか知りません。
まさか “変”だとか“恐い”とか なんて・・・
消せない、改善できない 気持ちなんでしょうか?
このままでも良いのでしょうか?
それでも精一杯頑張ればいいものなのでしょうか?

今日の拙稿に御気分を害されましたら、心から御詫びします。
なんとか言葉を選ぼうと努力したのですが、こんな形になってしまいました。
気持ちを吐き出したい勝手な想いに負けました。

                               JAZZ


Re:おんなばびっち、おんなけんじゅさん
投稿日 3月25日(土)23時47分 投稿者 クミコ

ばびっちさん、さっそく呼んでくださってありがとうございます!

どらごんさん、こんばんは。
そうですね、生きていると、しんどいことやつらいことも多いけれど、
このホームページが存在していることは、素晴らしいことの一つですね。


私の母も分裂病患者です。
投稿日 3月25日(土)15時36分 投稿者 どらごん

ずっと、この様なHPを探していました。
これは、分裂病者家族宛て掲示板なので、管理人さん宛じゃないのですね?
すこし、ズレた感覚になってしまっていたらごめんなさい。

私の事を少し聞いてください。
私は、幼い頃から、養護施設で育ちました。
父母は離婚し、母は精神分裂病なので、それが理由です。
私は、その養護施設で、虐待などを受け、大人になりました。

今も、母は入院しています。
私は施設を出て、働く事が精一杯でしたが、幼い頃の虐待の影響なのか?
精神がとても不安定でした。
今、このHPにたどり着いて・・・多くの未消化の苦しみに苛まれておられる方々を知りました。ありがとうございます。
今は、このHPが存在している事を、喜ばせてください。
それでは、しつれいします。


おんなばびっち、おんなけんじゅさん
投稿日 3月25日(土)08時52分 投稿者 ばびっち佐野

ぼくも含めみんな差別意識あるんだよね。いなおるしかしょうがない。例えばぼくは処遇困難者病棟の新設に反対だけど、人殺して精神病院から出てきた人がうちのとなりに引っ越して来たら、普通の隣近所として付き合えるかどうか?うちのむすこに、あそこのおいちゃんと遊んじゃだめだよ、って言わずにおれるかどうか、自信がありません。治療目的でなく、治安目的の施設を作る差別には反対だけど、個別にそういう事態になると、差別が出てきてしまう。人間ってもともと矛盾してるんだよね。


Re: 内なる偏見
投稿日 3月24日(金)21時15分 投稿者 クミコ

 JAZZさん、こんばんは。
 差別と偏見について考えはじめてしまうと、いつも頭のなかで「終わりなきバ
ケツリレー」が始まってしまうクミコです(笑)。
 男女差別、学歴差別、人種差別、障害者差別・・・、そういう大きなカテゴ
リーでくくることが出来るものは、、わたしには差別意識はない、あるいは偏見
を持たないように努力している、、といい切れるのですが、そうじゃないものに
対してはまったく自信がない、、というよりも、日々、自分のなかで差別や偏見
を生み出し続けていると感じています。

 でも、自分のこころは自分のものなのだから、何をどのように考えようと感じ
ようと、それは自由なのではないかとも思っています。いちいち自分を裁いてい
ていたら、あんまりややこしすぎて、人生になりません。

 それに、今、それを受け入れることができなくても、将来受け入れることがで
きる、和解できる可能性もあります。

 このまえテレビで、『フォレスト・ガンプ』を放映していましたが、ベトナム
戦争の戦傷で車椅子生活となったダン中尉が、自身の身体と和解してゆくサイド
ストーリーがありました。とても素敵でした。人は日々変化しているのだと思い
ます。

> 努力をしないと振り払えない感情を内にもっていることに愕然としました。

 努力をすれば振り払えるのなら、とりあえずそれで十分じゃないかな〜と思い
います。

> おんな旅人さん・・じゃなかったクミコさん、

 あはは。ありがとうございます!
 おんなばびっち、おんなけんじゅとも、呼ばれてみたいです。


JAZZさん
投稿日 3月24日(金)11時23分 投稿者 レイ

JAZZさん。お久しぶりです。
奥様の入院が順調のようで何よりですね。
これまでの主治医の方が2度も来て下さったなんて
何て、親切なお医者さんでしょうか。お友達もたくさん
できて奥様は恵まれた入院生活をしてらっしゃるようです。
入院生活では人間関係もとても重要な要素ですよね。
その点、奥様はご人徳がお有りのようです。

私の娘は入院4ヶ月目を迎えましたが、毎日、何人かの
患者さんと外出しています。近くの喫茶店へ行ったり、
時にはカラオケにも行ったりしてます。
それから、外泊もできるようになり、昨日から4泊5日で
帰って来ています。JAZZ さんのお子さんもそうなれるまで、
ちょっと我慢して頂いて、元気なお母様とお会いになれれば
いいのではないでしょうか。JAZZさんのご投稿から見て
奥様が外出できるようになる日はそう遠くないように思います。

確かに私達が病人に望むのはいわゆる「寛解」という状態よりも
「完治」になって欲しいと言うことです。昔のことばかりを
振り返ってもどうしようもないのですが、元気で明るい頃を
つい思い出しては、あのころに戻りたいと思うばかりです。
贅沢なことでしょうか。


子ども
投稿日 3月23日(木)07時56分 投稿者 ばびっち佐野

うちでは息子が小1のころ学校で憶えてきたのか、「おとうさん、きちがい?」と聞いてきました。悲しみと共に、怒りがこみあげてきて、きちんと説明しました。さいごには泣いてました。でもそれからはそんなことは言わなくなりました。


蝿の王
投稿日 3月23日(木)05時56分 投稿者 地上の旅人

>10歳に満たない子供といえどいつかは説明して理解してもらわなければ
>ならない事柄だけれど、そして偏見や差別を持たない人間に育って欲しいけれど、
>いまそれをして、無垢な心にどんな影響があるのか、恐かったのです。

確かにお子さんに急に見せるのは得策ではありません。
ゴールディングの蝿の王という小説を思い出しました。
難破かなにかで子供たちだけが孤島に残され、しだいに土人ごっこのような形態から
呪術的な世界にはまっていく様子を書いたものです。
腐乱した豚の頭にたかった蝿が、蝿の王という悪魔の化身として子供の心に定位します。

私達に教育の機会が無ければ、「服装や様子の変な人には近づかない」というのが
実践的な知恵の最初のものになっているでしょう。
ましてや母親とだぶって見えるように眼にするのは最悪です。
時間をかけ、順序を踏まないと、むしろ病者への憎悪の芽となりかねません。

ご自身の偏見の芽でも苦しまれていますが、偏見の無い人間は居ないのでは?
問題は、そのような目先の論理に打ち勝って、無害で困っている人たちを識別し、
近寄って声をかけあえることではないでしょうか?
邪心も貪欲も、すべて、自分にあるのを承知で、理性ある行動をとれることが
大切と思います。
恐怖心に打ち勝つ強い心をお子さんに繰り返し教えてから臨んでは?
そうすれば、お子さんの方が教え返して下さるでしょう。


内なる偏見
投稿日 3月23日(木)01時56分 投稿者 JAZZ

皆様、こんばんは。 御無沙汰のJAZZです。

妻が入院して、10日が経ちました。
ほぼ毎日面会に行きましたが、様子はいたって安定していて安心しています。
診てもらっている先生も以前の主治医だし、現在の主治医も二度ほど様子を
見に来てくれたそうで、家族としては最良の選択だったと思います。
本人も治療の進展を感じているようで、
積極的な気持ちで療養にあたっているようです。
薬も一部変わり、特に新しい眠剤(ドラール錠)が合っている様で、
以前から訴えていた眠剤の副作用が無くなったのを喜んでいます。
仲間?友人?も沢山出来て、落ち込むこともなく元気(そう)に生活してます。
「すごくいい感じ。ずーっとここに居たいな。」 みたいな事を言った時には
思わず大きな声を出してしまって、看護婦さんにお目玉をくらいましたが・・・

子供を面会に連れて行こうか?
ふとそう思ったのですが、止めました。
僕の内なる偏見がそれをさせません。
開放病棟で、一見ではどんな病気なのかわからないくらいの患者さんが多いのですが、
それでもやはり、僕にしがみついて離れない人や意味不明のことをかべにむかって
大声で叫んでいる人なども居て・・・
僕はいいんです。 少しは理解出来るし、その状態に至る背景も想像出来るし。
でも子供には見せたくない。 母も同じなのか と思わせたくない。
10歳に満たない子供といえどいつかは説明して理解してもらわなければ
ならない事柄だけれど、そして偏見や差別を持たない人間に育って欲しいけれど、
いまそれをして、無垢な心にどんな影響があるのか、恐かったのです。
言葉を選ばなければならないのでしょうが、敢えていうなら
『普通でない様子』を『なんか変だ』と思う気持ちが僕の内には在るのです。
それを 差別 するつもりは断じて無いし、
関わりを持つことになんの気持ちの障害も有りませんが、
恐ろしい事に 偏見 を持っているのです。
別視(こんな言葉ないけど字にすると)というほうがピンとくるのか?
自分のどこが普通か説明も出来ないくせに、普通と違う、どこか変だ、と
感じてしまう・・・
努力をしないと振り払えない感情を内にもっていることに愕然としました。
家族会で、先日ニュース番組で放送された特集の録画を借りて観ました。
ある精神障害者福祉施設の様子を取り上げていました。
寛解していると紹介されていた病者の方がいましたが、
僕が感じたことは・・・本当は表現するのも嫌だし、恐ろしいのですが・・・
・寛解してるといっても、表情や所作からは病気をしっかり連想してしまうじゃないか。
 やはり僕が望む社会復帰には程遠いようだ。
 寛解を待望していたりするがこんなんじゃ・・・
 妻の治療の先がこの状態だとしたら受け入れられない、もっとしっかりした
 成果を望んでしまう。
こんなです、僕が最初に思った事は。
もとより御非難は覚悟の投稿ですが、それにしてもこうしてキーを打っていても
身の内から震えが起こってきます。
僕という人間はいくら学んでもこの程度なのか?
SAFE対応の実践をこれからの生活の指針としたいと思っているのに、
やはり妻には“こんなじゃなく”以前とまったく同じにまで回復して欲しいと
望むなんてまったく相反する気持ちです。
僕のこんな気持ちを妻が知ったらどう思うのか・・・・

レスください。 お願いします。

遅くなりましたが、
釣人さん、おんな旅人さん・・じゃなかったクミコさん、
励ましのお言葉ありがとうございました。 嬉しかったです。

それでは。                         JAZZ
 


人生は自分で決めてこそ価値あるもの
投稿日 3月21日(火)03時51分 投稿者 地上の旅人

> 意外と僕は間が抜けているので、損な道を選んでいるかもしれません。
お話からすると、辞めた当時は大変な思いをされていたのが伺えます。
ご自分の選択を信じて、次の一歩を考えることです。
人事の人間も、人によって違うので、正直な意見だったかもしれませんよ。
会社の問題点は、病者に建設的で統一的な対応がとれないことですから。


「分裂病治療の現在」
投稿日 3月21日(火)00時34分 投稿者 クミコ

こころの科学90 日本評論社 B4ムック 3月1日発行 
特別企画「分裂病治療の現在」を読んでいます。まだ読み始めたところですが、
面白いです。

岡崎祐士さんが、特集の序文を書いています。「・・・分裂病は発症や罹病まで
一義的に一つの要因で規定されているものではなく、遺伝子変異を含む複数の源
流が想定され、いくつかのリスクファクターとの偶縁的な出会いによって分裂病
罹患の脆弱性が形成され、高血圧や糖尿病のように、生活におけるストレスとの
出会いによって多段階的に発症し、発症後も変容を遂げるダイナミックなプロセ
スを辿ると想定されるのである。したがって、・・・」。

中井久夫さんが、自分のことを、「家庭医的」と呼んでいるのがよかったです。
医療においては、オリジナリティより「高度の平凡性」が重要と言っています。
なんか深そうです。。


犬儒さん
投稿日 3月20日(月)22時24分 投稿者 ばびっち佐野

今、なにやってるの?
ぼくもコンピューターのしごとで再発入院しました。ハードでしたね。


人情?
投稿日 3月20日(月)22時07分 投稿者 犬儒

 今から考えると会社を辞めた頃の経緯は変といえば変なのですが、寝付けなくて会社に遅刻して欠勤になって過労で仕事も出来ず、病院に行ったら椎間板ヘルニアとの事でした。不眠だとは思わなかったので整形外科医には睡眠のことは言いませんでした。
 飲み屋で上司(平)に殴られたので殴り返したら数日後親が呼ばれていっしょに実家に帰りました。
 精神科にかかると「不眠症」という診断書を書いてくれて、自宅で静養していました。会社は「寮には住ませない」「そんなところからどうやって通うのか」とか滅茶苦茶なことを言っていてとにかくやめさせたかったようです。埼玉の会社で実家は北海道です。(爆)

 昔テレビ局でバイトしていたとき充実していたことを思い出して、新聞社で印刷か何かの仕事か何か出来ないかと思って頼みに行こうと思ったのですが、親がその前に病院に行けというので背広を着て病院に寄ったところ入院することになって、「神経衰弱」という診断書を出して給与の6割をもらっていました。

 また自宅療養になって、医者が治ったとみなしていいようなことを言っていたのですが会社が辞めてほしいようだったので、働けるという診断書(通院を要すものの治った、くらいの)を送った後、自己都合による退職届を送ったところ、おかしなことに「病気が治らなくて残念です」というような返事が返ってきました。
 退職を受理しました、ならわかるのですが。
 メーカーよりソフト会社に入りたい気持ちになっていたので見向きもしませんでした。

 欠勤の処理のこととかよくわからないのですが、働けるという診断書だけ送ったらどうなったんでしょうね。
 実験製作とか疲れる会社だったので、同じ職種はやりたくなかったのですが、工業簿記くらいならできたかもしれません。電算センターみたいなのも一応あったかな。

 意外と僕は間が抜けているので、損な道を選んでいるかもしれません。

http://homepage1.nifty.com/kenju/


地上の旅人さん
投稿日 3月20日(月)06時29分 投稿者 ばびっち佐野

>そうなったら、建てた後で病者が乗っ取っても良いのでは?

面白いことおっしゃる。(爆
むかしは家族会も「家族」が全面にでてきてましたが、最近は「病者」を前に出すようになりました。うちの近くの家族会の作業所では、パン作りをしようと、専門家を呼んで、これならいけそうだ、という段になって、健常者の言うことを良く聞く病者に「パンづくり」を発言してくれと頼んでおいて、全員の意見を聞くということで、いろいろな意見を出させておいて、「パンづくり」がでたところで、指導員が「じゃパンづくりにしましょう」と。。。(爆


ああ無情
投稿日 3月20日(月)04時44分 投稿者 地上の旅人

>入る気などないのに、10万とられたと、なげいてました。

税金使わずに、受益者負担という訳ですか?
「9)福祉のいっそうの充実を味方にして下さい」が虚しく響きます。

家族会が中間施設を造るのは結構なことですが、運営とサービス品質の確保
が課題でしょうね。箱物作りにばかり熱中しては、無能な日本の官僚と変わりがありません。
企業のようにしっかりしたサービスが伴わなければ、誰も寄り付かないでしょう。
そうなったら、建てた後で病者が乗っ取っても良いのでは?


地上の旅人さん
投稿日 3月20日(月)00時31分 投稿者 ばびっち佐野

いままで施設といえば、廊下の幅からトイレの数収容人員まで細かくきめられ、理事は何千万を何人以上いなくてはいけない、それに持ち土地でなければならない、とか、厳しい基準があり、そうすれば、ひとりひとりに措置費がおりることになってましたが、それが理事がそんなにいなくてよくなり、借り土地でもよくなり緩和されました。それに色目をつかってるのがかぞくかいで、これからは作業所でなく、施設をつくろうとしてます。そのために莫大な、資金集めをおこなってます。
ぼくの個人的いけんでは、ちいさな作業所ではわきあいあいと運営できても、大施設になると、そこにたまる人がでてきて、結局精神病院と同じような雰囲気になってしまうかもしれないと思っています。
ムゲンに来てるひとで家族会にも入ってるひとは入る気などないのに、10万とられたと、なげいてました。


アキラさん
投稿日 3月20日(月)00時14分 投稿者 ばびっち佐野

家族会もわるくないでしょうが、とりあえず集まりを見学したらどうでしょう。
こんど政府が小規模の施設(作業所ではない)の認可をしてそれにともなって金
集めしてますから、金取られるのはかくごしていたほうがいいです。
それと手帳制度をすすめたのは、家族会最大の失策だとぼくはおもってますから、(警察にデータ把握されてしまう)ぼくはとることは勧めません。


佐野さんへ
投稿日 3月20日(月)00時14分 投稿者 地上の旅人

「紐つきの小規模施設」とはどういったものですか?


家族会
投稿日 3月20日(月)00時09分 投稿者 地上の旅人

インターネットでは、「さま」はビジネスにしか使わないので、「さん」づけでお願いします。

> 「家族会」というのがあるそうですが、加入したほうがよいでしょうか。

私自身はお誘いを受けたことがありませんが、病院の家族会なら、病院の情報を得るのに
役立つと思われます。役に立たなかったら辞めれば良いのでは?
使いうる全てのサポートは、試す価値があります。もともと少ないですから。。。


地上の旅人さまへ
投稿日 3月19日(日)19時31分 投稿者 アキラ

家族へのアドバイスありがとうございました。
本日、本人に面会してきましたが、薬の影響か比較的落ち着いておりました。
「家族会」というのがあるそうですが、加入したほうがよいでしょうか。(自分で判断すべきことでしょうが。)


家族へのアドバイス
投稿日 3月19日(日)04時03分 投稿者 地上の旅人

>今後、親としてこどもにどう付き合えばいいのか、お聞かせください。

岩波新書「精神病」212〜217ページに以下の記述があります

1)悲観論にひきずられないでください
2)ご自分が長生きして下さい
3)自分たちを責めすぎないで下さい
4)自分たちの疲れをお忘れなく
5)遺伝をこわがりすぎないでください
6)偏見の影におびえすぎないでください
7)かつて幼児として親に喜びを与えてくれた時代をお忘れなく
8)人生の一大事業かも
9)福祉のいっそうの充実を味方にして下さい
10)彼らの心理に少しばかりの理解を
11)医者を変えないほうが良いのでは
12)相談相手をお持ちになっては

詳しくは上記の本をご参照ください。私のホームページ「よくある質問」のコーナーも
参照されると光栄です。

しかし、上記の11)の表題には賛成しかねます。
このタイトルの本文にあるように「医師と本人との相性を大切にして下さい」のほうが
しっくりします。
日本の、精神医療だけは患者あたり看護スタッフの数に下限を設けないという
安かろう悪かろうの医療政策により、保険点数の下がる3ヶ月で退院とか、
忙しいから人間らしいケアができなくても仕方ないという病院が普通です。
また、副作用を訴えても、減薬や薬の種類の変更の努力をしない医師も多いです。
退院後も五年十年と、副作用のある薬を飲み続けるには、医師への信頼は必須です。


今は疲れに身を任せ休まれることです
投稿日 3月18日(土)07時08分 投稿者 地上の旅人

>自分まで調子が悪くなってしまった・・

身体が休めと言ってくれているのです。休んで下さい。
急性期の病者は、疲れ切っていても、さらに身体を酷使します。

>今までの半年間は無駄だったのかと思うとやりきれない・・・

無駄では無かったはずです。その意味はYUKIさん自身が見つけねばなりません。

>境界例の彼の「愛している」はただの「しがみつき」だったのか・・

満ち足りた健常者の「愛してる」なら信じられますか?
都合が悪くなったり、もっと良い相手が見つかったと思ったら、すぐに貴方を裏切る愛が?
彼は、少なくとも貴方を必要とし、貴方はそれに応えたのですよ。ただ、それだけです。
ここから、より良い社会や、より良い人生を作っていくのは、これからのYUKIさんの作業です。

>私がいなくなればほかの「しがみつく」相手を捜すのか・・

人は皆、一人では生きていけません。経済的、精神的依存が、愛と重なって見えるのは
ごく普通のこととは思いませんか?

>そんなこともわからずに私、何やってたんだろう・・
>こういう病気に他人が絡むのはこんなに難しく誰かが傷つくものだったのか・・

相手が病気でなくとも、人間関係では傷つくことは沢山あります。
しかし、その傷を癒すのも人でなければなりません。
彼にとっては、まぎれもなく貴重な支えだったはずです。

>私がいるから一緒に治そう、なんてもう言えない・・・

かつて必要な時に言えたということは、素晴らしいことだったのではありませんか?
彼は、その言葉に肩の荷をおろし、責められる辛さを忘れて居れた筈です。
人を支えたことの無い人には、支えられている有り難みがわかりません。
本当に良い経験をしたと思いませんか?


お母様の生きた証
投稿日 3月18日(土)02時18分 投稿者 地上の旅人

>入院して症状が良くなり退院しても、2年もすると、薬を飲むのを拒んで、
>また病状は悪化してしまい、それの繰り返しでした。

昔の薬は副作用が強く、今以上に、家庭で自己管理して飲み続けるのが難しかった筈。
お母様は、せいいっぱい生きたのだと思います。

>私達はそんな生活の中で多少歪んで育ちました。

心の傷をいっぱい受けて育たれた方に、前向き思考を言っても虚しいです。
しかし、その分「平凡な幸福」のありがたみを、よく解る方だと思います。
世間には、平凡を嫌い、平凡である自分を憎む人が大勢居られます。
取り返すのは、ご自分のペースでいいのじゃないでしょうか?

>母は、自殺をしたとの事でした。

アメリカにおける病者の自殺は、10年後で10%、30年後で15%という
数字があります。病気ゆえにひきとり手がなく、自活もままならないのは、
グループホームなどの社会資源を整備せず、家族ばかりに押し付ける国の政策と、
病者を知りもせずに臭いものに蓋をする未熟な社会によるところが大きいです。
ご自分一人で背負わなかった負い目を持つより、
一人でしか背負えないようにしている社会に怒ってください。
お母様は、社会に殺されたのです。

>母も私と同じで現実から逃げたいがために、病気になってしまったのだと思います。

これは、誤りです。分裂病に心因性のものは存在しません。
原因は不明ですが、脳機能の病気なのです。お母様は、一生懸命生きたのです。
そして、その証であるひろさんが生きているのです。

>毎日考えては後悔ばかりしています。

これはいけません。後ろを見て反省しても、そんなに良くはできなかったのを
理解されているはずです。ご自分の生き方を否定するだけの無意味な後悔です。

>最近の私は、家に引きこもり、子供もまだつくる気になれません。
>こんな私が子育てをきちんと出来るのか、不安です。
>夫や他人の前では、明るく振る舞っているつもりでおります。

まだ寒いですから、無理して外に出ることないです。
しかし、夜心地よく休むためには、夕方に散歩されると良いですよ。
散歩ですから、いつ戻っても良いし、梅が咲いたなとか、気ままに歩くのです。

お子さんのことでは、理由を述べて、育児への積極参加を条件にされることです。
頃合いだと思われるなら、徐々に話していくと良いでしょう。
一遍に話されても、驚くばかりで理解が追い付かないでしょうから。。。。。。。
子供の頃の、良い話、悪い話、とりまぜて徐々にです。


晩年軽快があるとしたら素晴らしい
投稿日 3月18日(土)00時49分 投稿者 きらら

分裂病が年取るごとに、軽快になっていったら
本当に素晴らしい事ですね。
この事を分裂病の娘を持っている姉にも教えたら
希望が生まれると思います。


ひろさんへ
投稿日 3月18日(土)00時41分 投稿者 きらら

子供は本当の意味で、ほしいと思った時でも良いと思います。
でも、ひろさんが後悔をしている事・・・大丈夫あなたのお母様は
ちゃんと分かっているから、あなたの気持ちを・・・・
そして、あなたが幸せになってくれる事が、お母様の一番の望みだと思います。

良い人とめぐり会えたのだから・・・気張らずに・・・
ひろさんのペースで、子供の事も考えて素敵に生きていって下さい。
まとまらなくて、ごめんなさい。


koyukiさん
投稿日 3月17日(金)16時45分 投稿者 ばびっち佐野

愛情のなかにはしがみつく要素もあると思いますが、しがみつき返したら、それに答えてくれないと寂しいですね。


ひろさん
投稿日 3月17日(金)16時41分 投稿者 ばびっち佐野

大変ですね。
ぼくの妹は母が酷いひとだったので、子供を作る気はないといってます。ぼくは結婚してますが、息子が小さいころ、よく叩いてました。幼稚園で、うちの息子がみんなの輪に入れず、友だちを叩いていたので、それを保母さんにも注意されたのでいっさいぼくは叩くのをやめました。今ではふつうです。


。。。
投稿日 3月17日(金)07時51分 投稿者 ひろ

始めまして。誰にも言えず、悩んでいる事があり投稿しました。

私の母は、私を産む前から長い間分裂病でした。
父は、若い頃酒乱で、お酒が入ると暴れだし家族に暴力ばかりふるっていました。
そのくせ世間体を気にする人でしたので、母の病状が明らかに悪化していくのに、
長い間入院させようとしませんでした。
4つ上の兄がいるのですが、私達はそんな生活の中で多少歪んで育ちました。
狭い一戸建ての借家で、母は絶えず独りごとを言ったり、喚いていました。
父は毎晩お酒を飲み歩き、家にあるお金はほとんど酒代に消えていました。
兄は小、中校と登校拒否をし、摂食障害になり、拒食や過食を繰り返していましたが、高校に入ると中退し、家を出ていきました。
その時点で、やっと父も母を入院させることにしました。ですが、入院して症状が良くなり退院しても、2年もすると、薬を飲むのを拒んで、また病状は悪化してしまい、それの繰り返しでした。父は自衛官で定年が早かったのですが、その時退院して家にいた母は、離婚したいと父に言い出しました。父は再就職先が県外だったので、二人で一緒に行こうと言ったのですが、どうしても嫌だと言い、聞き入れませんでした。私はその時25才で、高校時代からお付き合いしていた人と、結婚を考えていたので、一人暮らしをしようと残ることに決めました。
父と母は、結局離婚することになり、家族バラバラになってしまいました。
母は東北にある実家に帰ったのですが、私が小さい頃もやはり離婚騒ぎをして、
一時実家に帰った母は、やはり騒いで喚いていたのだと思います。
実家に嫁いでいた、母の兄の奥さんがノイローゼになってしまい、今回離婚して
帰ってきた母を受け入れてはくれませんでした。もう祖父も祖母も亡くなっていたので、尚更だったと思います。ですが、母のすぐ上の兄がアパートを借りてくれ、
母はそこで一人暮らしを始めました。でもやはり、近所からの苦情でそこには居られなくなり、また入院していました。母にすれば酒乱の父から逃れて、自分の生まれ育った所でのんびり暮らしていきたかったと思います。
幸いなことに、母の亡くなった姉がいるのですが、その娘が、実家近くの精神病院に、看護婦として勤めていたので、母も安心だったと思います。
2年程して、私は結婚することになりました。相手の方の実家は田舎でやはり世間体を気にする家だったので、何かと大変でしたが、結婚式をすませ、1ヶ月経ちました。母もその数ヶ月前に退院していました。
その母が、行方不明になったと父から連絡がありました。
私はすぐにでも行くと言ったのですが、母の実家では今こられてもだめだ。という
返事でした。なにがだめなのか、さっぱり分かりませんでしたが、連絡を待ちました。その間自分で母の地元の警察に連絡したりもしましたが、事故というわけではないので、母一人のために時間を割けないと言う返事でした。
それから1週間後、母は地元から何十キロも離れた海で、遺体で見つかりました。
母は、自殺をしたとの事でした。
急いで父と兄と、兄が一緒に住んでいた彼女と4人で母の所に向かいました。
叔父達の話しによると、母はその前も手首を切って、自殺を図っていたとのことでした。私はなぜその時すぐに知らせてくれなかったのかと思いましたが、言えませんでした。その前にも叔父から電話で母を引き取ってくれるように言われたのを断っていたからです。なぜかというと、小さい頃からそんな環境で育った私は、このままじゃ自分がおかしくなると思っていたのです。実際私は3人で暮らしていた当時、おかしくなっていました。ここには書けませんが、3人で居た当初は、本当に酷いものを沢山見ていました。そこから逃げたっかったのです。
これを読んで下さった皆様は、なんて酷い娘だと思われているとおもいます。
母には、とても寂しく、つらい思いをさせたと思います。
毎日考えては後悔ばかりしています。母は、小さい頃父を亡くしています。
12才で東京に出稼ぎに出てきて、真面目に貯めたお金を当時付き合っていた男に持ち逃げされ、追いかけてきたところで、父と出会いました。それからも苦労の連続でした。ですが、私は母の気持ちも分からず、この家に生まれてきてしまった事をうらんでばかりいたのです。母も私と同じで現実から逃げたいがために、病気になってしまったのだと思います。
最近の私は、家に引きこもり、子供もまだつくる気になれません。こんな私が子育てをきちんと出来るのか、不安です。
夫や他人の前では、明るく振る舞っているつもりでおります。
このまま母のことを、思い出さないようにして、普通に過ごしていくのは、母に申し訳ないような気がするのです。
友達も無く、誰にも話せる人がいなかったので、誰かに聞いてほしく投稿します。
決してこの話しに意見が欲しいという、甘えた考えではありません。
長々と失礼いたしました。読んで下さって、本当に有り難うございました。


疲れた・・
投稿日 3月17日(金)06時21分 投稿者 koyuki

なぜかとても虚しくなってしまって
自分まで調子が悪くなってしまった・・
今までの半年間は無駄だったのかと思うと
やりきれない・・・
境界例の彼の「愛している」は
ただの「しがみつき」だったのか・・
私がいなくなればほかの「しがみつく」相手を捜すのか・・
そんなこともわからずに
私、何やってたんだろう・・
こういう病気に他人が絡むのは
こんなに難しく誰かが傷つくものだったのか・・
私がいるから一緒に治そう、なんてもう言えない・・・


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