精神医療の受け方に関する私見

    わが国には「安上がり精神医療政策」により精神医療に独特の諸問題があります。
    「よくある質問」では片付けられないこれらの問題への対処案を提示致します。
    皆様から、より良いものとするためのご批判を仰ぎたく。

    問題点1:医師の不足
    中井久夫「精神科治療の覚書」p218によると、
    『全医師数の2〜3%が全病床数の三分の一以上を担当しているのが、
    精神医療の掛け値無い現状である。十分といわずとも、ある程度専門的訓練を
    受けた精神科医師数となるとその半分であり、精神科適性の範囲に入るものは
    ーいうをはばかることだがーさらにそれより少ないであろう。』
    この医師の不足が5分間診療や救急体制不備を生み出し、質の低下をもたらしています。

    意見1:医療サービスの選択は本人および家族の責任
    上記の質の低下の結果として、人間らしからぬ対応を受けて泣き寝入りするのは無意味です。
    病者と家族が安心できる医師にあたるまで、根気強く精神保健センターや保険所の紹介を受けましょう。
    良い医師を見分けるポイントは2つ。
    1)薬の内容や治療方針に関するインフォームドコンセントがある
    2)薬漬けにしないよう、副作用等の苦情に対して、減量や変更の努力を怠らない

    問題点2:救急体制不備
    分裂病は病識が無いのが普通で、通院も服薬も拒否するのが家族の共通の悩みです。
    しかし、上記の医師の不足によって、救急体制や往診は皆無です。

    意見2:通院の合意をとりつけるのは家族の責任
    だからといって、騙して病院に連れ込んで入院させたり、食事に水薬を混入することは、
    病者の「邪魔者扱いされた」「(副作用から)毒を盛られた」という心の傷になり治療にマイナスです。
    自殺念慮があるなどの緊急事態では、やむを得ない場合もあります。しかし、
    この厄介な通院合意のとりつけを家族の義務と考えないと、その後の治療や家族との関係に大きな
    損失があります。「良く眠れないのを治すために」「イライラや不安を軽減するために」医療サービスの
    有効性を繰り返し説得し続けると、何かの機会に「行ってみようか」という気持ちになるものです。
    その日のために目星をつけた病院に、時々相談にものってもらいましょう。

    問題点3:服薬中止は再発危険度が高い
    「分裂病がわかる本」(日本評論社)214ページ
     退院1年後の再入院率
     プラセボ(でんぷんなどのニセ薬)のみ:72%
     プラセボと精神療法:         63%
     薬のみ:               33%
     薬と精神療法:            26%

    岩波新書「精神病」124ページ
     10年以上の入院者で2年以上安定の病者について
     減薬後2年以内での再発:       65%
     (特に再発少ないグループは60才以上)

    意見3:服薬合意と入院合意は医師の力量
    服薬も入院も、必要性を説得すべきは医師です。
    家族が説得するというのが、病者から見てどんなにおかしなことか、少し考えれば明らかでしょう。
    時間が無いからといって、医療保護入院という強制入院を勧める医師はプロとしての資質に欠けます。
    そのような場合は病院を変えましょう。
    同じく、退院直後に病者が服薬を止める場合も、医師の説得力不足です。

    「分裂病を耕す」(星和書店)p6
    柔らかな入院導入は患者の不安や恐怖を和らげ、自尊心を傷つけずに、入院治療が円滑に始まるのが
    最大のメリットである。入院後間もなくの頻回な退院要求などで時間を消費することが無いので、
    結局は時間の節約になる。入院時の合意に手を抜くと後から数倍十数倍の「ツケ」がまわってくる
    ことを覚悟しておかねばならないだろう。

    問題点4:未だに遺伝するとか治らないという誤解が多い
    一卵性双生児は、同じ遺伝子の人間ですから、遺伝病の一致率は100%であるはずですが、
    近年は30%程度の報告が多いようです。何より、2/3が家族歴に無関係に発病しています。
    (「分裂病がわかる本」147p)

    「分裂病がわかる本」313p
    教科書にはふつう、一卵性双生児の片方が分裂病である場合、
    もう一方が発病する危険率は50パーセントであると記されています。
    しかし、この数字のもととなった双生児研究について最近行われた再分析では、
    より正確な数値は28パーセントであるという結論が出ています。

    「分裂病は治るか」(弘文堂)11p
    Luxenburger1928年 56%、1936年 52%
    Rosanoff1934年 68%
    Essen1941年 71%、1970年 63%
    Kallmann1946年 69%
    Slater1956年 65%
    Tienari1963年 0%、1968年 7%、1971年 16%
    Kringlen1966年 25%、1967年 38%
    Fischer1969年 24%、1973年 48%
    Gottesman1966年 42%、1972年 50%
    Pollin1969年 14%、1972年 27%

    「分裂病がわかる本」118〜119p
     リーバーマンによる初回入院後一年の経過では
     完全寛解:  74%
     部分寛解:  12%
     持続期間の平均:42週

     ステファンによる30年後の経過では
     完全回復:  25%(10年後も25%)
     比較的自立: 35%(10年後は25%)
     支援が必要: 15%(10年後は25%)
     改善せず:  10%(10年後は15%)
     死亡(自殺):15%(10年後は10%)

    意見4:目指すのは薬で対症療法しながらの晩年寛解
    笠原嘉「精神科医のノート」(みすず書房)113ページから引用します

    ブロイラー(註:Bleuler,M.有名なBleuler,E.のご子息)の名をあげたついでに、
    いま一つ彼が最近の報告で示している興味ある事実にふれておきたい。
    それは、分裂病者が発病後歳をとり晩年に至るとどうなるか、という研究である。
    案外晩年に軽快している分裂病者が多いと彼は言う。147名の分裂病者中、
    40才以後に軽快の兆しをみせた人は45名で30%である。
    どんな小さな動きも見逃さず、すべてを軽快の方への動きか悪化の方への動きか
    で分けると、はるかに軽快の方への動きの方が多い。
    中には、青年期に発病しもはや医学的常識からして回復などありえないと
    思われていた人が45才くらいから急速に良くなりだし、ほとんど治癒と
    言ってよいほどになった例も、数例ある。
    これを晩年寛解あるいは晩年軽快と呼ぶが、きっかけとして次のようなことが
    見られた。老化、治療の変化、精力的な治療の再開、重い身体疾患への罹患、
    近親者の死など。そして、彼は次のような考察をこれに付している。
    一昔前は分裂病者が生を全うしたら、その全てが重い人格荒廃におちいると
    信じられていたが、今では分裂病者が生を全うしたら
    異常から脱却してしまうと考えることも出来るかもしれない、と。
    この表現は少しオーバーかもしれないが、全く突飛な考察とは言えない。
    長い間入院していた分裂病者が重い身体疾患に罹患し臨終の床にあるとき、
    今までのその人の人格荒廃からは想像しがたいほど端然としてこれまでの
    恩義に謝するという場面のあったことを、シュナイダーというドイツの
    かつての代表的な精神科医もその記述の一端に書いている。
    私自身はそういう場面に出会ったことはないが、こういう感動的な場面が
    ありうることを、先輩からかつて聞かされたことがある。晩年寛解自体に
    ついては私自身の身辺にも二例がある。よく調べればもっとあるかもしれない。
     分裂病という病気は元来青年期のものである。
    遅くとも30才台には発病してしまう。そして40才50才と歳をとるにつれて
    病勢は衰え、精神病にかかったことのない平均的な40才、50才の人々との
    違いが小さくなる。60、70ともなれば、専門家が見てさえその人が分裂病者
    としての長い歴史を持っていたことに気づきにくい場合も珍しくない。
    実際、全ての分裂病者が人格荒廃におちいるとしたら、精神病床は現在の数で
    足りるはずがないのである。加齢による分裂病者の逐年的経時的変貌は、これまで
    あまり注目されることはなかったが、この病気の本質を考えるのに重要な知見だと
    私は思っている。

    問題点5:境界例(人格障害)は治らないという医師がいる
    ハロペリドールなどの薬が効かない場合、初期分裂病やPTSD(外傷後ストレス障害)も疑われます。
    治らないという医師に病者を任せるのは間違いです。他の医師を探しましょう。

    「分裂病がわかる本」97ページ
    境界型人格障害は最も困った用語と言えます。なぜなら、現在では分裂病型人格障害に
    分類されている、かつての境界型分裂病といつも混同されているからです。
        (中略)
    境界型人格障害が分裂病と関連があるという証拠はなにもありません。むしろ、
    家族歴の研究から、鬱病か躁鬱病との関連が示唆されています。

    「初期分裂病/補稿」(星和書店)20ページ
    抗精神病薬のうち、<初期症状を取り去る>のにある程度は有効であるとか、
    あるいは症例によって著効するとの印象を受けている薬剤は、
    sulpiride,fluphenazine,oxypertineなどの辺縁的な薬剤であり、
    chlorpromazineやhaloperidolなどの中核的な抗精神病薬は一般に副作用ばかり
    強く現れて無効である。

    「心的外傷と回復」(みすず書房)193ページ
    児童期虐待の被害者に与えられる特に有害な病名が三つある。
    身体化障害、境界性人格障害、多重人格障害である。

    問題点6:電気ショック療法がはやりつつある
    この療法は脳にダメージを与えていないという保証が無く、最後の手段です。
    本人が希望しない限り、他の薬や手段を探しましょう。やむを得ず行う場合、
    骨折や窒息死を避けるため、麻酔医の立ち会う無痙攣法で行うことを条件にしましょう。

    「分裂病を耕す」(星和書店)p47にある中井久夫意見の要約
    1)患者の合意が困難である
    2)電撃は服薬のような治療的体験にならない
    3)患者の参加が得られない
    4)体験の連続性の破断である
    5)てんかん発作の前後で絵画が変化し戻らないことが少なくとも2例あった
     (注:電撃療法はてんかん発作をヒントに始められた療法)
    6)電撃は精神科医の人格に影響を与える
    7)電撃は、当人及び家族を蚊帳の外に置く

    問題点7:家族の対応に関するマニュアルが病院等に無い
    詳しくは下記の本をご参照ください。
    私のホームページ「よくある質問」のコーナーも参照されると光栄です。

    岩波新書「精神病」212〜217ページ

    1)悲観論にひきずられないでください
    2)ご自分が長生きして下さい
    3)自分たちを責めすぎないで下さい
    4)自分たちの疲れをお忘れなく
    5)遺伝をこわがりすぎないでください
    6)偏見の影におびえすぎないでください
    7)かつて幼児として親に喜びを与えてくれた時代をお忘れなく
    8)人生の一大事業かも
    9)福祉のいっそうの充実を味方にして下さい
    10)彼らの心理に少しばかりの理解を
    11)医者を変えないほうが良いのでは
    12)相談相手をお持ちになっては

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